奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

黒滝村 2021.3.1 / コラム

「奈良のへそ」黒滝村で林業に携わり、暮らし、出会い、考えること。

写真・文=辻本奏美(黒滝村森林組合

林業をするため黒滝村へ

「私、今、黒滝村に住んでるんですよー」
「へぇ、黒滝かー! 黒滝…くろたき……、どこ?」
「天川村に向かうときに道の駅があるでしょ? そこ、黒滝村なんですー」
「あー、あそこかぁ! “道の駅は”行ったことあるわぁ!こんにゃくおいしいとこやんな!?」

久しぶりに会う人や初めて出会う人に私の状況を伝えるとき、ほとんどの人とこんな会話になります。失礼ながら、奈良県で生まれ育った私も黒滝村で就職を決めるまでは、その存在をうっすらとしか認識していませんでした。

黒滝村は、奈良県のほぼ真ん中に位置し、「奈良のへそ」と呼ばれています。桜で有名な吉野山の裏側にあり、手作りこんにゃくが有名な道の駅「吉野路 黒滝」は、下市町との境界近く、村の端に位置しています。

下市町から国道309号線を走り、丹生川に沿って道の駅を左手に見ながら、つきあたりを右へ曲がれば天川村へ、左へ曲がれば黒滝村の内部へ。

多くの人は天川村へ観光に行くので、黒滝村は素通りということが多く、そのため冒頭のような会話になるのです。でも、黒滝村にも吊り橋や温泉、キャンプ場等の観光施設、アーチェリー場やテニスコートもあり、年々観光に来られるお客様も増えてきています。

そんな黒滝村で私は今、林業をしています。

黒滝村は古くから吉野林業が営まれてきた地。そして林業は木材となる原木を生産する職業で、木を植え、何十年何百年もの歳月をかけて育て、森を管理し、伐採して丸太の状態にし、出荷する仕事をしています。

なぜこの職業を選んだのかとよく聞かれますが、私の場合は、年々深刻化する環境問題への危機感がきっかけでした。

森林には、温室効果ガスである二酸化炭素を吸収して地球温暖化を抑制する働きや、地面にしっかりと張った根が土壌を支え、保水力も高まり、雨水はゆっくりと川へ流れ出るので、ある程度の大雨が降っても土石流になるのを防ぐ働きがあります。

他にも、森林は生き物に住処やエサを提供し、きれいな空気や水、食べ物など私たち人間にも様々な恩恵をもたらしてくれます。学生の頃、そんな森林の大切さ・重要性を学び、「荒廃していく森林をなんとかしたい」「どうすればそれができるのか」と考え、行き着いた職業が林業だったのです。

林業が生み出した人工林では、人の手が入らなくなると木は弱り、倒木や土壌流出が起きやすくなります。また、密植しているため日が入らなくなり、生物にとっては住みにくい環境となり、生物の多様性が担保されず、生態系も崩れてしまうので、そうならないよう適切に管理しなければなりません。

丸太を売って商売するのが林業本来の姿ですが、それを達成するためには、商品となる木の性質を知り、森林を知り、森林づくりから丸太を出荷するまでの過程の中にある様々な技術を身につける必要があります。

木材価格の低迷により林業は衰退の一途をたどっていますが、環境問題の対策として森林保全が注目されている今、森林を管理する林業の技術は途絶えてはいけないものだと思っています。

地域おこし協力隊に着任

今から5年前、大学在学中に林業での就職先を探したもののなかなか見つからず、そんなときに紹介してもらったのが黒滝村の地域おこし協力隊でした。黒滝村は林業従事者を未来へつないでいくために、地域おこし協力隊制度を活用しながら、ベテランから若い人へ技術を教える取り組みを始めていたのです。

「森林・林業のための政策がいろいろあるけど、まずは現場に来て、知らなあかん」
「一人前に技術を身につけようと思うなら何年もかかるんやで」

就活中、この言葉をどこへ行っても耳にしました。

森林の問題や課題を発信する人、大学で調査・研究し、素晴らしい論文を発表される人はたくさんいます。でも、実際に森を手入れする人、現場で作業する人が少ないので状況は一向に改善されません。ならば、「身体の動く若いうちに現場経験を積んでおこう」「森林ボランティアよりいっそのこと仕事にしてしまえば早く技術も身につくはず」と考え、現場仕事に踏み込む決意をしました。

黒滝村では女性の林業従事者がこれまでいなかったため、初めは戸惑われましたが、同期の男性と共に鎌やチェーンソーなどの道具の扱い方や手入れの方法、植林、枝打ち、間伐作業、重機操作など、様々な技術を教わりました。

なかでも印象的に残っているのは、ヨキなどの道具を巧みに使って木を自在に操る師匠の姿。力だけではない豊富な技術や工夫で、安全に、思い通りの方向へ木を倒すことができる、憧れの存在です。

社会人としてのスタートを黒滝村で迎え、しかも人生初の一人暮らし。田舎ならではの付き合い等、不安がなかったと言えば嘘になりますが、実際に生活し始めると、皆さんフレンドリーで気さくな方たちばかりでした。

「女の子(童顔なので未成年と思われたりもしました(笑))が林業しに引っ越して来たって何考えているんだ…」と警戒されたり、林業に従事している方々にいたっては相手にすらしてもらえないだろうと半ば覚悟していましたが、実際はそんなことはなく、山仕事や山についてはもちろん、村の行事や昔話、山で採れる食べ物や釣りのことなど、ご飯を一緒に食べながら皆さんにたくさん話してもらっています。

祭りごとに欠かせない「御供撒き」

この村に来て印象に残っていることがもうひとつ。祭りごとに欠かせない「御供撒き(ごくまき)」です。

「御供撒き」は、お祭りのときに神社にお供えした餅を参拝者に向かって投げ、それを拾っておすそ分けとしていただく行事ですが、普段穏やかな優しい村民さんたちもこのときになれば雰囲気が激変します。

「え!袋持ってないの!?」
「ほら、これやるからしっかり拾いよ!」

お母さんのエプロンのポケットからビニール袋がいくつも出てきて、普段杖をついているお母さんでさえも地面を這って夢中になって餅を拾います。その光景は、バーゲンセールの賑わいのように熱気に包まれています。

私がぼーっと立っていようものなら、「こっちにいっぱいあるからおいでー!」「もっと取らなっ!!」と喝が飛んできて、同時にお母さんが拾ったはずの餅が私の袋に大量に放り込まれます。また、餅のいくつかには食紅で番号が書いてあり、それを拾った人はお酒や野菜など他のお下がりももらえるので、みんな特に番号付きの餅を探して目を光らせています。

御供撒きが無事に終わると、皆さん満足そうに、普段の穏やかな姿に戻ります。今年はコロナウイルスの影響で御供撒きが行われず、袋詰めされた餅が配られただけだったので、また来年あの光景が見られることを願っています。

黒滝村に住んで4年が経ちます。これまで近所のお宅でごはんをごちそうになったり、米作りや槙花生産の体験をさせてもらったり、祭りや地元の和太鼓に参加したり、本当にたくさんの村民さんにお世話になっています。

森林に興味を持ち、この職業に就きましたが、計り知れない大きな自然を理解するのはなかなか難しく、自分ができることは本当に限られているようにも思えます。

それでも、自分に何ができるのか、いろんな人と関わって教わり、いろんな考え方を知り、これからの人生で何か役立てればいいなと思いながら……私は今日も山に入ります。

Writer|執筆者

辻本 奏美Tsujimoto Kanami

1994年、香芝市生まれ。高校の授業で森林に興味をもち、大学では森林生態学や土壌学を専攻、黒滝村地域おこし協力隊になり林業の技術を習得する。3年の任期後も現場作業やPR活動等をおこなう。

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