黒滝村の「行き交う場所」を守りたい。女性木工グループが始めた「スギイロ市」。
文=サカイミナ(黒滝村地域おこし協力隊) 写真=サカイミナ・赤司研介(imato)
人口約650人の村で
黒滝村は、人口約650人(2022年8月現在)の小さな小さな村だ。2000年の1200人から、この20年間で半減している。奈良県では野迫川村、上北山村に次いで少なく、全国189村の中でも少ない方から数えた方が早い。
正直なところ私も、2年前に初めて訪れるまで名前すら知らなかった。奈良の人間じゃないからと思っていたら、村で暮らしたこの1年で実は奈良県内でもその名前があまり知られていないことを実感している。
黒滝村は吉野林業の中心地のひとつ。川上村、東吉野村と並び、いわゆる「吉野杉」を産出し栄えてきた。戦後まもなくの人口は3500人、村内に小学校が8つあり映画館まであったほどのにぎわいだったそうだ。
だが林業の不振とともに人口は減少、学校は統廃合され、今では小中一体型の1校だけになっている。
スギイロとは
この小さな村で今春、「スギイロ市」と名づけた小さな「市」を始めた。
「スギイロ」は、2021年4月に発足したばかりの木工グループ。 丹精込めて育てられたスギ、ヒノキやさまざまな山の恵みを杉の色のように多彩に生かそうと、近隣の市・町に住む2人と、地域おこし協力隊員として兵庫県から移住した筆者の3人でスタート。今春さらに 1人が合流し4人で運営している。
うち3人が奈良県立高等技術専門校(三宅町)で木工を学んだことと、なぜかみんな女性という以外は年齢、背景、すべてがバラバラ。木工も商売もほぼ経験がなく、何を作りどこのだれに、どうやって買ってもらうか手探りを続けている。
市も定期開催は負担が大きいので不定期とし、2022年3月に第1回、続いて6月に第2回を開いた。出店・出品は10人足らず。会場は今のところ、村唯一の民宿兼食堂「あきちゃん」の駐車場。スギイロにふさわしく、手作りの小さなイベントだ。
市を開くと決めて、まず考えたのは「食」の部分。開催は土日で、あきちゃんは定休日。でも、自分たちで料理するほどの力はない。
キッチンカーを呼ぶことを思いついたが、不便な場所での無名のイベントに来てくれるだろうか。コロナで状況が二転三転することも不安要素だった。
恐れた通り、当たりを付けた3台(軒)のうち最初の一つは開店の予定自体が取りやめに。もう1店舗、天川村の「喫茶みつば」は固定店舗に移行するため車を手放したばかりとのことで、あまりのタイミングにがっくりきた(みつばさんはその後の2022年1月、天川村役場すぐそばに無事オープン。「天ノ川」を見下ろせるステキなロケーションで、手作りの焼き菓子や飲み物を提供されている)。
頼みの綱だった大淀町の協力隊OBによる「Blue eagle cafe」も、今後を検討中なので保留、となってしまった。2ヵ月後「出店します」と連絡をもらった時は、ガッツポーズしたほどうれしかった。
スギイロと黒滝村地域おこし協力隊OBのほか、村と縁のある職人・作家さんらにも声をかけ、ようやく準備が整った。
主な出店者リスト(紹介/スギイロ市への出品物)
村内
・konekone house hanare
岐阜県から移住の陶芸家|創作陶器いろいろ
・槙武(まきたけ)
供花、生け花素材「槙花」の製造販売|山の草木のアレンジメント
・ねぇのごっつぉ
農産物加工所|クッキー、シフォンケーキ
村外
・Blue eagle cafe(大淀町)
ハワイアンドーナツ「マラサダ」、かき氷のキッチンカー|マラサダ&コーヒー
・Prop(吉野町)
家具工房|雑貨いろいろ
・大竹洋海(下市町)
杉家具製作の下市木工舎「ichi」代表|杉の面皮と吉野の手すき和紙を使った照明各種
・Stray Cat(大淀町)
大淀の協力隊OBが営むカフェ|手作りパンと焼き菓子各種
「市」を企画したわけ
そもそも、なぜ「市」を企画したのか。きっかけは「あきちゃん」だ。
あきちゃんは、スギイロの作業場から徒歩3分のところにある。しょっちゅう昼食でお世話になるし、何か集まりがあれば、ちょっとした仕出し料理もお願いできる。
切り盛りするのは、山菜料理が上手で70代にはとても見えないお母さんと、「お腹いっぱい食べさせるのが好き」という娘さん。夏の合宿シーズンのてんてこ舞いぶりから、村内外の人たちに愛され、これからも続いていくのだろうと勝手に思っていた。
しかし、決して安心していられない事情が段々と見えてきた。
村から車で30分も走ると、電車の駅とスーパーやホームセンターがある町に着く。近いゆえに、子どもの進学などを機に家族ぐるみで移り住むケースも少なくない。
あきちゃんの娘さんの子どものうち、2人はすでに独立し村を出ている。同居している中学3年生の末っ子は野球部で、練習や試合の送迎などがあるため、あきちゃんの営業は平日の昼間限定なのだ。彼の進路次第で、店を畳んで村を出る、という選択肢もあるのかもしれない。
あきちゃんのほかに村で飲食できるのは「道の駅 吉野路黒滝」、そこから天川へ向かう途中の「黒滝茶屋」の2つ(昨冬時点)。道の駅は別格として、黒滝茶屋も道路の整備が進み、交通事情が良くなるにつれ立ち寄る人が減っているという。
どこかへ遊びに行こうと思ったら、「食」は大きなポイント。「食」はその土地の魅力をも左右する。ただでさえ少ない飲食店が、万一にも閉まるようなことがあれば、村にとってのダメージは計り知れない。
村の飲食店を盛り上げたい。お客が増えて店側が「よし続けて行くぞ!」と思えるくらいに。 まずは存在を広く知ってもらうため、小さくていいので「市」を開こう。こうして「スギイロ市」計画が始まった。
村に生まれた「win-win」な時間
3月に開いた第1回。平均標高490メートルの村はまだ寒く、おまけに2日とも雨に降られた。6月の第2回も初日は雨。それでもコロナ禍でこの2年、これといったイベントがなかった村での催しということで、たくさんの方が足を運んでくれた。
何よりだったのは、2回ともあきちゃんが臨時営業してくれたこと。営業が平日昼だけになって以降ご無沙汰だったという人、スギイロ市のついでに昼食もという家族連れ、お昼ついでにスギイロ市も覗こうという人などが次々と足を運んでくれた。
立ち話の輪が生まれ、再会を喜ぶ声や、はじめましての挨拶も聞こえてきて、会場はちょっとした社交場に。合間に「へえー、こんなもの作ってるの」と声をかけていただくなど、理想的な「win-win」になった。
周囲からサポートもたくさんいただいた。
会場にずっと待機してお客に応対するなど盛り上げてくれた方、ドーナッツを大量に注文し近所で配ったり、「知り合いや孫にプレゼントする」と雑貨をまとめ買いしたり、「食べ物が売れ残ったら買い取るから心配するな」と電話をくださった方まであった。こじんまりとした村だからこその「ほっこり感」、人のやさしさこそ黒滝村の魅力のひとつだと改めて思った。
次回は11月11〜13日、村役場と教育委員会が合同で開くお祭りにあわせて開くことを考えている。内容もいっそう充実させるつもりだ。
確かに黒滝の過疎は深刻だ。でも、村にはまだまだいろいろなものが眠っている。ひとりでも多くの方がスギイロ市に足を運んでくださり、外には知られていない村の良さを感じていただけたらうれしく思う。
Writer|執筆者
神戸育ち。長年の会社員生活を切り上げ、奈良県立高等技術専門校でモノづくりを学び、地域おこし協力隊として黒滝村に移住。腕の立つ木工女子たちと「スギイロ」というチームを立ち上げ、奮闘中。