奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

曽爾村 2018.10.12 / コラム

やさしいつながりを生む、手作りの小さな移動映画館「曽爾シネマ」

写真・文=中野展宏(トマト農家修行中/曽爾シネマ主宰)

僕の暮らしている曽爾村は、奈良県北東部にある。

人口1,500人を割り込んだ過疎の村であるが、300年の歴史をもち、県の無形民俗文化財に指定されている「曽爾の獅子舞」や、夕陽に照らされたススキで黄金色に輝く曽爾高原を見ようと、多くの観光客が訪れる。金木犀の香りがただよう秋は、曽爾村が一年のあいだで最も賑わう季節でもある。

そんな小さな村で、僕は「曽爾シネマ」という手作りの小さな移動映画館をしている。

第一回を上映したのは、2016年の10月のこと。それから規模の大小あれど、計8回開催することができた。

会場に選んできたのは、カフェや木造校舎、観光施設など。空き家を掃除し、会場の空間作りから始めることもある。料金は「入場料1000円+ドネーション(お気持ち分)」をベースとし、これまで奇跡的に2000円の黒字で回っている(都市部のミニシアターが次々と閉じていく中、「なかなか健闘しているじゃないか」と自分では思っている)。

が、これは「曽爾シネマ」のような素人運営の小さなイベントのために、時間を割いてわざわざひと山ふた山越え、足を運んでくれるお客さんのやさしさによって生まれた結果に他ならず、感謝しかない。

これまで「ひかりのおと」「バオバブの記憶」「繕い裁つ人」「紅葉」「人生フルーツ」「スケッチオブミャーク」「simplife」「スーパーローカルヒーロー」「大巨獣ガッパ」という作品を公開。毎回、上映会のテーマや届けたいメッセージをもとに作品を選んできたつもりだ。

曽爾村にはかつて映画館があった

曽爾村はかつて4,000人もの人口を抱える村だった。

当時の高い出生率以外に、昭和34年に全国規模で被害をもたらした「伊勢湾台風」によって曽爾村も甚大な被害を被り、災害復旧に関わる作業員などが住み着いた時代背景があると聞いている。

村のおじいちゃん・おばあちゃんから昔話を聞く機会がよくある。その話の中によく登場する2大ワードが、「あの時は良かった」と「村に映画館もパチンコ屋もあった」だ。映画館は東宝系と松竹系とふたつもあり、舞台小屋も兼ねていて、村の青年団が芝居を披露していたという。

手づくりの看板と、映画館で使用されていた長椅子。
当時を語る、現存する最後の一脚だ。

きっと、今よりも娯楽の幅が限られていた時代。ないものは自分たちで作り上げる、その過程に「あの時は良かった」のエッセンスが詰まっているのではないかと感じた。そして、そこにこそ、これからの時代の豊かさを得るためのヒントがあるんじゃないかと思い、「自分たちの手で映画の上映機会を作ろう」と村民有志で動き始めた。それが「曽爾シネマ」である。

写真が昔話に花を咲かせた

「曽爾シネマ」を始める際に意識したことがある。それは、曽爾シネマの中に地域の人の“自分ごと”が生まれることだ。

曽爾村では、季節ごとにさまざまなイベントが開催され、多くの観光客が訪れる。しかし、“自分ごと”から始まっていないそれらのイベントは、地域の人たちにとってはどうしても“他人ごと”であり、僕はそこに寂しさを感じた。そこで、「曽爾シネマ」を“自分ごと”にしてもらうきっかけ作りとして、会場に曽爾村の昔の写真を展示しようと考えた。

そもそも、「曽爾村の映画館ってどういうものだったのだろう?」という好奇心から、当時の様子をよく知る人を訪ねて回り、当時の写真を探し歩いた。すると、映画館の写真以外にも出てくる出てくる。僕にとっては宝の山だった。

カメラが普及していなかった頃の貴重な写真たち。当時の学校の様子、農作業の様子、村民体育大会の様子、変わった風景、変わらない風景。

おじいちゃん・おばあちゃんたちの「あの時はどうでこうで」という話しぶりから、昔のことを語り継ぎたい気持ちでいるが、照れや遠慮から普段は話せずにいるのだろうと思った。とある家庭では、僕たちが聞き取りに訪れる前に家族でアルバムを囲んだことが、家族の歴史を子や孫に話す機会になったという。

結果として、写真を提供してくれた方々がお友達を誘って会場に訪れ、昔話に花が咲いた。「これは〇〇さんや。若いなあ」「これは○○から見た景色かな」「映画よりこっちを見にきてん」などと言い、自ら足を運んでくれる人たちの姿勢が嬉しかった。

昔の写真を前に、記憶をたどる人々。
曽爾シネマでは毎回提供いただいた写真を展示している。

点がつながり、人が集うきっかけが生まれた

「曽爾シネマを始めたことで何が生まれたんですか?」

そう誰かに聞かれたとして、正直、曖昧なことしか思い付かない。ただ、“ポジティブな何か”が動き始めていることは感じている。今まで点だった部分がつながり始め、人々が集う小さなきっかけが発生した。

例えば、この看板やフラッグ、飲食出店。

自分たちの得意を持ち寄り、披露する身近な場ができた。それを囲むようにして、来場者のあいだに自然に会話が生まれた。「曽爾シネマ」では、上映後に感想をシェアするという時間は設けていない。上映終了後に自然発生する人の輪にこそ、価値があると考えているからだ。沖縄映画を流した時は、奈良県在住の沖縄県民会の方々が集まり、沖縄の知られていないことを話してくれた。

その他にも、飲食出店してくれた方が、曽爾村にキャンプ場をオープンした。奈良・町家の芸術祭「はならぁと」との共同開催で、地域に眠っている空き家を提供していただくきっかけができた。つながるとおもしろいだろうなという人同士がつながり、新しいイベントや楽しい空間が増え始めた。

上映後にできる人の輪。映画の話をしている人もいれば、
ただただ飲みに来ている人もいる。

きっと芽生えていないきっかけの種はまだまだある。

今後、「曽爾シネマ」がどういう形に変遷していくかは、自分でもまだわからない。求めている人もほんの一部かもしれないし、いわゆる“映える”イベントでもない。地方創生のためにやってることでもなく、自分たちが楽しければいいという感じでもない。成果は出ているのか言われると難しい。

でも、人のやさしさに包まれながら、わざわざ足を運びたくなる、来た人の“何か”のきっかけを生み出し続ける場であれば、今はそれでいいと思う。

次回、第9回の上映会は2018年10月14日(日)を予定している。上映作品は「あたらしい野生の地 – リワイルデイング」。
https://www.facebook.com/events/1987060251337529/

秋の曽爾村へ、遊びに来てもらえたらうれしい。

Writer|執筆者

中野 展宏Nakano Nobuhiro

大阪府堺市生まれ。銀行勤務を経て、地域おこし協力隊として曽爾村へ移る。現在は、トマト農家の修行中であり、2019年に「畑のあかり」の屋号で独立。その他、移動映画館「曽爾シネマ」を主宰。

関連する記事