奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

曽爾村 2020.1.21 / コラム

多様な個性や生き方をそっと包み込む。プライベートキャンプ場「TOPOS」に込めた想いと、挑戦するという信念。

写真・文=中野展宏畑のあかり

大阪方面から車を走らせていると、雄大な鎧岳が姿を現し、その麓を曽爾川が穏やかに流れている。古くから変わることのない絶景に、旅人は心を奪われる。

2018年。曽爾村に、ついつい人に自慢したくなるプライベートキャンプ場「TOPOS」がオープンした。1日1組限定の貸切営業に加え、キャンプイベントやマルシェ、映画上映、ウェディングパーティーなどの場所貸しも行なっている。敷地内には宿泊棟であるロッジや、キッチン付きラウンジスペース、テントサイト、焚き火サイト、コンテナハウスを改装した喫茶店などの設備があり、利用時はそれらを自由に楽しむことができる。

オーナーは奈良県香芝市在住の伊野真さん。縁もゆかりもなかった曽爾村に、なぜキャンプ場をつくったのか。その想いや生き方、これからの展望などを伺った。

伊野 真(いの まこと)
1984年、奈良県生まれ。建築の専門学校を卒業後、宅配ピザ屋に就職し、独立。現在は宅配ピザ屋を経営する傍ら、プライベートキャンプ場「TOPOS」を経営。曽爾村と香芝市との二拠点暮らしを実践中。

「どう生きたいか」問い続けた20代

伊野さんは専門学校を卒業後、2年間のフリーター生活を経て、宅配ピザの会社に就職した。会社員として漠然と過ごしていた人生が動き始めたのは20代前半の頃。お世話になっていた散髪屋さんと、ピザ屋の同僚のパートさん、そのふたりとの出会いに影響を受け、これからについて意識するようになった。

伊野さん:その散髪屋さんは、大きな借金をしてでも挑戦する方なんですが、一般的なレールから外れた生き方や考え方など、いろんな選択肢があることを教わりました。その人からずっと「いろいろと迷うことはあるやろうけど、最終的に行き着くところは、自分がどうしたいかだけや」と言われていて、それを問い続けてる20代でしたね。

以来、伊野さんは自分の好きなことやワクワクすることは何か、どんな人生の最後を迎えたいかを考えるようになる。会社員として上り詰めた先に何があるのか。金銭的な安定は得られたとしても、幸せな生き方や好きなことを追い求めることはできるのか。やがて、雇われるのではなく、独立という選択肢が自分にとっての可能性だと感じるようになっていく。

そしてもう一人、ピザ屋で店長の職に就いていた時に、年上のパートさんに言われた言葉が今でも心に残っているという。

伊野さん:その人から「店長、今、学生の時にこんなことやあんなことやっといたほうが良かったなあって思うやろ? それ、30歳なっても40歳なっても一緒やで。結局今を必死に生きるしかないねんで」って言われて。年齢を言い訳にせず、自分のできないことを克服するために行動する姿勢にも刺激を受けました。

伊野さんは「30歳までにひとつのことを必死にやってみよう」と決意する。

伊野さん:自分がワクワクするのって、自然の中で遊んでいるときで、自然の中で人間は無力で、それを乗りこなす感覚というか、操ってる感覚が好きなんだと気づきました。それは人生も同じで、大きな流れの中でどう乗りこなすか。経営に挑戦して見えた、違う景色がありました。そして30代を迎えるにあたり、「できること」「やりたいこと」「やるべきこと」の3つを満たすものって何だろう?って考えたときにたどり着いた答えが、キャンプ場だったんです。

こうして、伊野さんの場所探しは始まった。

場所の指定はなく、それぞれが気に入った場所にテントを張れるのも「TOPOS」の魅力。

土地との出会いと曽爾村との縁

ピザ屋の経営も軌道に乗ってきた頃、伊野さんはインターネットを通じて知った山々へ足を運ぶようになる。

伊野さん:曽爾村のことは好きで、毎年曽爾高原に訪れていましたし、10年ほど前に、ススキの風景写真をとあるコンテストに応募したら入選したこともあって、どこか縁を感じていました。「そんなに簡単に見つかることはないだろうな」と思っていたら、探し始めて2年で今の場所と出会って、とても可能性を感じたんです。

とはいえ、知らない地で土地を借りること、オープンに向けた開墾の日々に苦労や困難はなかったのだろうか。

伊野さん:大きな困難はなかったです。どちらかというと、仲間が入れ替わりで作業を手伝ってくれたりして、嬉しいことのほうが多かったような気もします。強いて言うなら、場所の可能性が大きすぎてどう乗りこなすか、その悩みは常にありましたね。どこに何を持ってきても良くなるイメージができて、誰の意見も良く思えて。前向きな悩みは多かったですね。

約2年の準備期間を経て、「TOPOS」は2018年7月にオープンした。

TOPOSの中では焚き火は日常の風景。焚き火は語らうにも調理にも、ちょうどいい。

多様な個性を受け入れる、“無色”という「TOPOS」の個性

「TOPOS」を始めてよかったことは何か、率直に聞いてみた。

伊野さん:まだまだ不安も大きいですけど、まずは挑戦してよかったです。挑戦したからこそ見えた違う景色もありましたし、ピザ屋だけでは築けないつながりがたくさんできたのは財産ですね。そして何より、この場所を喜んでくれる人がいて、喜んでくれることが嬉しくて。みんながここを自分の場所のように使ってくれたり、人に教えてくれたり、それが本当に嬉しいです。ここを気に入りすぎて、まさかピザ窯をつくってしまう人が出てくるとは思ってもいませんでした(笑)

2年目を迎えた「TOPOS」は今年、様々なイベントに場所を提供した。その中でも、僕は、夏に開催された『DA CAMP』というキャンプイベントに、ここの個性を見たような気がしている。

『DA CAMP』は、参加者自身が“シェアできること”や“得意なもの”を持ち寄るイベントだ。参加者それぞれが、誰かが喜んでくれるだろうことを想像して用意し、誰かが用意してくれたものをいただく。それぞれがそれぞれの楽しみ方で、施しあい、満たされる。善意の循環で成り立つ、とても心地の良い空間だった。

「TOPOSのカラーは例えるなら何色ですか?」と尋ねた時に、ふと“無色”が頭をよぎった。そこにある建物はオシャレで、いわゆる“映える”ものも多い。しかし、そのような建物が、イベントの度に脇役にまわり、毎回違う雰囲気を醸し出す。それぞれが個性を持ち寄り、それが「TOPOS」の個性になる。言葉ではうまく表現できない、空間の包容力を感じた。

夕暮れ時の映画上映。こんな映画館が欲しいと思わされる素敵な佇まい。

「やるかやらないか」伊野さんの信念

伊野さんの言葉の中で、僕自身大きく影響を受けた言葉がある。

結局お金があってもやらん人はやらんし、お金なくてもやる人は何とかしてやるし、ほんまに自分がやりたいかどうかだけやなって

そして、伊野さんはこう続ける。

伊野さん:正直言うと借金もしてるし、イチかバチかみたいなところもあります。でもやっぱり、後悔したくないなって。「人生において大事にしていることは何ですか?」って聞かれたら、「挑戦すること」っていうのがずっとあって、ピザの独立もそのひとつで、それで違う景色も見えてきて、それが楽しいって思える感覚もあって。キャンプ場ももしかしたら失敗することもあるかもしれないですけど、そうだとしても、また違う景色が見れるような気がしています。

伊野さんの次なる挑戦は、施設の中で最も可能性を感じつつ、手をつけられずにいた倉庫の活用だ。「TOPOS」のシンボル的な存在であるデッキは廃材を活用して建てられたもので、その時に廃材活用の可能性を感じたという。

家屋の解体などから出た廃材の再利用や、キャンプ用品の物販・リサイクルなど、倉庫を活用する構想は持っている。キャンプやイベントだけでない利用の幅を広げることで、おもしろみや客層の幅を広げるべく、2020年春から倉庫の整備に取りかかる。

倉庫の入り口に掲げられたメッセージ。この空間からどんなことが始まるのかとても楽しみ。

やることで気づいた喜び。そしてこれから。

「これからどう生きていくのか。ピザ屋を辞めて、TOPOS一本で生きていくべきなのか」

伊野さんの中にもいろいろな迷いがある。その中でも、自分の心地いいバランスは大切に選択していきたいという。

経営するピザ屋も、大きな資本主義の流れには逆らうことはできない。ただ、それにしがみつくのか、自分で選択して道をつくっていくのか。悩みながらも、選択肢があることは幸せだと伊野さんは語る。

「TOPOS」を始めたことで気づくことができた、人に喜んでもらえるという喜び。

かつて、自身がひとつの出会いから影響を受け、人生が動き始めた経験があるからこそ、誰かにとってプラスの影響を与えられるような、“それぞれの場所”をつくりたい。そんな想いで、最後にこう語ってくれた。

伊野さん:サードプレイスではないけれど、4番目5番目の場所というか、非日常だけど、ついつい通ってしまうような、そんな場所になっていけたらいいですね。

帰り道の粋なお見送り。あらゆる所に、そっと背中を押すようなメッセージが散りばめられている。

伊野さんの想いの詰まったTOPOSは、現在冬季休業中。
2020年の営業開始は4月頃を予定している。

Writer|執筆者

中野 展宏Nakano Nobuhiro

大阪府堺市生まれ。銀行勤務を経て、地域おこし協力隊として曽爾村へ移る。現在は、トマト農家の修行中であり、2019年に「畑のあかり」の屋号で独立。その他、移動映画館「曽爾シネマ」を主宰。

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