奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

曽爾村 2019.12.14 / インタビュー

山の麓で日常のお店を。「カフェねころん」店主・前川郁子さんが曽爾村で育む、人々との対話の日々。

写真・文=並木美佳

私の暮らしている曽爾村は、近畿地方でも有数の高原地帯にあります。

ススキが一面に広がる曽爾高原をはじめ、村の土地の大半は国定公園(都道府県が管理する、国立公園に準ずる景勝地)に指定され、約1500万年前の火山活動によってできた周辺の山地は、岩肌混じりの特徴的な稜線を連ねています。

初めて村を訪れる友人の多くは、車での移動中に眼前に現れる「鎧岳」の勇ましい姿に思わず感嘆の声をあげます。曽爾村での暮らしが誇らしくなる瞬間です。

国の天然記念物に指定されている鎧岳

この山の麓にある「葛(かずら)」という地区を奥へと進み、急な坂道を上った先に「カフェねころん」はあります。

私が最初に訪れたのは村に越してきたばかりの頃で、ちょうどここで開催されていた移動映画館「曽爾シネマ」の上映会に参加したのがきっかけでした。小さな店構えでありながら開放的な空間が心地よく、それ以来、時折足を運んでいます。

細い小道を抜けると「カフェねころん」の入り口が見えてくる

初めて訪れる人には「本当にこの先にお店が?」と不安になる道中ですが、着いてしまえば鎧岳が間近に迫り、お店のテラス席からは曽爾高原が望める実に気持ちの良い場所です。

もともとあった柱や梁をそのまま活かした店内

古民家の納屋を改装した落ち着いた店内で、コーヒーを飲みながらサイドメニューのマフィンをかじり、本棚に並ぶたくさんの本から選んだ一冊のページを繰るのが、私の息抜きの時間。

メニューには「かろやかコーヒー」「しっかりコーヒー」「今月のコーヒー」のほか、カフェオレや紅茶、自家製シロップソーダなど季節ごとの飲み物が加わります。土日祝日限定で提供されるランチは、野菜や豆など身体にうれしい食材がふんだんに使われ、きっと世代を問わず満足できる内容です。

野菜たっぷりで食べ応えも十分なランチ

鉄道のない山村でバス停から徒歩20分以上という、決してアクセスが良いとは言えない立地なのに、「ふらっと入った喫茶店」のようにリラックスできるのはなぜなのか。ずっと考えていたのですが、今回、店主である前川郁子さんとお話ししてみて、それは「日常に寄り添う店」だからだと気がつきました。

郁子さんは石川県金沢市の出身で、2010年にご夫婦で奈良市から曽爾村に移り住まれました。念願だったカフェをオープンしたのは村に来て4年目のこと。お店を始めるまでは地域活動に参加するなど、周囲との関係を築きながら準備を進めました。「いきなりお店を開くのではなく、まずは住民として地域のみなさんと顔を合わせることから始めた」と、郁子さんは当時を振り返ります。

山村という不便な立地ではあるものの、郁子さんはあくまでも「ふつうの店でありたい」と話します。

郁子さん:いわゆる田舎らしい特別感みたいなものは出したくないんです。アクセスの悪い場所ではあるけど、お客さんにはできるだけ、街でお気に入りのお店を見つける時と同じように、気軽な気持ちで来てもらいたい。日常の風景の中に当たり前にある、ふつうのお店でありたいと思っています。

たとえば、ランチで使う食材。今でこそ曽爾村で採れた旬のものをよく使っていますが、オープン当初は、特に地元産にこだわっていた訳ではなかったのだそう。

郁子さん:曽爾産を使えたらいいな、という気持ちはあったけれど、それに固執していたわけでもなくて。お客さんや自分自身がおいしいと思えるものなら、産地にはあまりこだわらないんです。でも、お店を始めてから村内の農家さんとお話しする機会が増え、ぜひ使いたいと思う食材に出会いました。自分から積極的に探したというより、ご縁があって少しずつ使わせてもらえるようになったんです。

その言葉には、自然に生まれる人との出会いや対話を大切にしたいという郁子さんの想いが伺えます。店内で販売されているアクセサリーや雑貨もご自身が日々の中で出会い、気に入って仕入れたものばかり。

店内で販売している“でんでんねこ”。思わず手に乗せたくなる

オープンから4年目の年に店内で初めて開催したイベント「曽爾シネマ」も、主催者である中野さんとの出会いがあり、話を聞く中でその熱意やコンセプトに共感したことで実現しました。店内での上映会のほか、村内各地で「曽爾シネマ」が開かれるたびに出店に加わっています。

2017年に開催した曽爾シネマでは観客がコーヒーを飲みながら映画を楽しんだ

そして、郁子さんがこの場所でお店を始めてから、今年で6年が経ちました。

時には村内のお客さんと遠方からのお客さんの間に会話が生まれたり、混み合っている時にお客さん同士が自然と席を譲り合ってくれたりすることも。「小さな店内で思いがけないコミュニケーションが生まれるのがおもしろい」と郁子さんは言います。

郁子さん:お店って自分がつくるものではなく、お客さんがつくってくれるものだなって。最近、改めて実感しています。

曽爾村は、曽爾高原はもちろん温泉やツーリング、キャンプなど、さまざまな目的で訪れる人が多い場所です。地元のお客さんも含め、異なる世代や目的を持つ人々が違和感なく同じ空間を共有できるところも、「カフェねころん」の魅力のひとつだと、私は思います。

そして、「ふつうの店でありたい」という言葉には、さまざまな人を分け隔てなく迎え入れるためのヒントが隠れているような気がします。お店のすぐ近くにそびえる鎧岳が、これまでにたくさんの人々を迎え入れてきたように、「カフェねころん」も、気取らずに私たちのなにげない日常を彩ってくれるような存在だと思うのです。

今後は、この空間でずっとやりたかったという古書の販売を始めるのだそう。委託販売型の古本屋さんになる予定で、「来年の春にはオープンします」と郁子さん。

新たに増える本棚を、私も首を長くして待っているところです。

カフェねころん
奈良県宇陀郡曽爾村葛288
※冬季休業あり。来春の営業についてはブログをご覧ください
https://cafeneco.exblog.jp/

Writer|執筆者

並木 美佳Namiki Mika

東京都生まれ。2017年より地域おこし協力隊として曽爾村に移り住み、漆の森づくりや採取、商品開発に取り組む。文や写真で村の暮らしを伝えながら、草木染めユニット「山杜色satoiro」としても活動中。

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