奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

曽爾村 2021.12.22 / コラム

自分の生き方を求めて、農家になった。農業という世界を生きる、旅の途中の話。

写真・文=中野展宏(畑のあかり

そこそこのサラリーマンが、農家になってからの、その後

大阪でそこそこのサラリーマンをしていた僕が、曽爾村で農家として独立してから3年が経過した。

「どこかの誰かのきっかけになれば…」という想いで2019年に書いた前回の記事は、僕にとっての名刺代わりとなり、自己紹介がとてもスムーズになった。銀行を辞めて、農業という道を選び、その後どうなって、どう生きて、何を感じているのか。発展途上の現在についてつらつらと、「どこかの誰かの役に立つこと」を願いながら書いてみようと思う。

この3年間、1年ずつテーマを掲げ、いろいろなことに挑戦してきた。

例えば、1年目は「農家として生きること」への挑戦。2年目は経営規模の拡大。3年目は、オンラインショップの開設や完全無農薬への挑戦。うれしいこと、悔しいこと、不安なこと、いろいろあるが、たくさんの優しい方々に支えられて、曽爾村での農業を続けられている。

トマト作りの基本的な考え方としては、「いきいきとした、心に響くトマト」を目指している。土の中の生き物たちがいきいきとするから、トマトの根も、茎や葉っぱもいきいきとして、そこから生まれる実もいきいきとして、その実を食べた人の心と体がいきいきとするのだと思っている。

化学肥料や化学農薬は使用せずに、虫を殺すのではなく、生かしあう環境をいかに作り出せるか。毎年、毎日が試行錯誤の連続である。

「いきいきとした、心に響くトマト」を目指して、日々修行中。3月にトマトの種をまくと、そこから11月までトマトの長旅が続く。ひとつの種を育て、トマトとともに自身が成長していく感じが好きだ。

小さなことを積み重ねて

「農業で食っていけてるの?」という疑問を持っている人は多いと思う。現状の答えは、「食っていけそう」である。

農業に限らず、起業して生計を立てていくのはとても大変なことだ。この3年間で、サラリーマン時代のお給料分を自分で稼ぎ出すのがどれだけ難しく、ありがたいことだったか、身をもって感じた。

農家にとっての収入とは、簡単に言うと、売上から経費を引いた差額である。なので収入を大きくするには、経費を削るか、売上を増やすかのどちらかをする必要がある。「安値×多量」「高値×少量」といった掛け算のバリエーションを増やして、バランスを取りながら販路を開拓している。

現在は、JA(農協)を通しての市場出荷に加えて、独立系の八百屋さんへの卸販売、マルシェ出店やオンラインショップでの個人販売が主な販路である。

アツい想いを持った若い八百屋さんがたくさんいることを、農業を始めるまでは知らなかった。野菜の鮮度はもちろんのこと、農家の熱量やバイブスまでもお客さまにダイレクトに届けてくれる。

トマトという季節野菜は収穫のピークがいつ来るのかわかりづらい。1日に収穫量が数十キロという日もあれば、数百キロの日もある。お天気のめぐりや気温に左右されるので、それに従いながらも、ロスを出さずに、すべてのトマトが誰かの手に届くように、日々イメージしながら収穫と販売のスケジュールを組み立てている。

農業の売上の組み立て方と、銀行員で営業をしていた頃の数字の積み上げ方がとても似ていて、あのノルマ地獄の日々の経験が生きていると感じている。ただ漠然と、できたものを売るのではなく、どのようなお客さんにどのような価値を乗せて届けられるかを考える。

例えば、夏場に「色が赤くなりすぎたトマト」を市場に出荷すると、ひとつあたり8〜10円、単価が下がる。この単価だけ聞くと、些細な額に感じるかもしれないが、トマトひとつの単価からすると15~20%の値下がりになる。逆に、「樹で熟したトマト」としてマルシェなどで販売すると、お客様にとても喜んでもらえて単価も上がる。そんな計算を、灼熱のハウスの中で、いろいろなパターンを想定しながら収獲する。

現在は大玉トマトをメインに、数種類のミニトマトも栽培している。

ひとつ数十円のトマトの売上を積み重ねて数百万円の売上を出していくためには、頭から煙が上がるような計算も時には必要だ。と、わかったようなことを言っているが、収穫量がなければ、そもそも何も始まらない。

不安定な気候の下で、安定して生産することの難しさを日々痛感している。トマトが一時期にできすぎたり、逆にできなさすぎたり、病気が一気に広がったり、急に回復してきたり。「農業はそう甘くはないぞ」というメッセージのような風景が目の前の畑に映し出される。

現状、7〜8月に最盛期を迎えた後、9月以降に収穫量を落とし、販売先に迷惑をかけてしまっている。来年こそは、その課題をクリアできますように。

農業という世界を旅する

ぼくは旅に出ることが好きだ。旅の内容は年齢とともに変化しているが、変わらないのは、「どんな出会いを引き寄せられるか」を試しているということ。偶然起こる出来事や出会いから、人生の方向性を確認したり、大切にしたいことを確認したり。旅は僕にとって、いわば占いのようなものだ。

農業もまた旅である。

「農業のやりがいは何ですか?」と聞かれることがよくある。僕にとってのやりがいは、トマトを通して人と出会い、つながり直していくことだ。新しい出会いや懐かしい再会。自分が何かを探しているときほど、誰かと出会う。

僕がまだ研修生で、どんな農法でトマトをつくっていきたいか方向性も見えていなかった頃、有機栽培や自然栽培の農家さんと出会った。有機野菜を中心に扱う八百屋さんとも出会ったし、化学物質に過敏に反応してしまう子どもさんにも出会った。こうした人との出会いから自然と、化学肥料や化学農薬を使用しない農業を選択することができた。

「畑のあかり」では、トマトを発送する際に、毎回ポストカードにメッセージを書いて届けているのだが、そのポストカードのイラストは、東京でイラストレーターとして活躍している高校の同級生に描いてもらっている。同級生と言っても、高校時代に話したことはほとんどない。それがここで交わり、お互いの表現でひとつの商品を成立できているのがとてもうれしい。

トマトをガブっとかぶりついたときのいい顔の写真(通称、ガブ写)が好きで、そのイメージを伝えて、オリジナルで描いてもらったイラスト。他に4種類あり、ポストカードのみの販売も行っている。

そのほかにも、昔旅先で出会った友達とお互い農家になって再会するということがあったり、お得意様になってくれている古くからの友人や旅仲間がいたり。「畑のあかり」のロゴをつくってくれたのが大学の友人だったり。そのような出会いは、特別な旅ではなくても、学校や職場などの日常生活の中にも存在している。

振り返ってみると、必要なタイミングで必要な出会いがあり、それは自分の過去に点在している。過去の出会いに意味づけできるのは、自分の行動だけだ。農業を選択していなかったら、再会しなかった人たちはたくさんいるだろう。過去に出会っていた「点」が、農業を通して「線」になってきている実感がある。それが素直にうれしく、農業のやりがいであり、自分自身の生きがいかもしれない。

お客様やお取引先様は、そんな感じでつながっている方ばかり。これからもたくさんのご縁の中を漂うように、旅をしながら生きていけたらいいなと思う。

未来への種まきと、農家としての自己表現

曽爾村に移り住んで、まもなく丸6年になる。時が流れるのはとても早く、28歳だった僕も33歳になった。まわりのじいちゃんばあちゃんたちも6歳、同じように歳をとった。

今までは現役で農業をしていた人たちも、いよいよ引退や規模縮小をしていく。これまでは農地を貸してもらうのがとても大変だったが、高齢化や担い手不足により、その流れが変わってきたのを肌で感じる。

一方で、僕が農業を志したきっかけである、都市部の農地や土地活用のことも気になり始めた。以前は田園風景が残っていた実家周辺も、どんどん農地が手放されていて、次々と住宅やドラッグストアなどが建設されている。実家に帰る度に、そのスピードは上がっているように感じる。

これまでは、地方の「産地」と呼ばれる場所に依存していても、担い手がいたからこそ、都市部の食糧の安定供給は成り立ってきた。しかし、高齢化と担い手不足の問題がさらに加速していけば、食糧の供給量は減る。中山間地での農業を経験しているからこそ、これからは都市部近郊の農業の重要性も感じている。

お客様のご家族限定で、トマト狩りを受け付けている。元気な子どもたちが畑に来ると、トマトの表情もどこかうれしそう。

農地や食糧を守るための未来への種まきとして、できることは何かとよく考える。

これからを生きていく子どもたちの心の原風景を作っていくことや、大人たちの心の原風景を取り戻していくこと。それらが、農業を通じて僕が果たすべき役割かもしれない、などと思う。

「畑のあかり」のお客さんは、小さなお子さんのいるご家族が多い。マルシェに親子で来てくれたり、配達に行くと親子で迎えてくれたり。トマトのおじさんからトマトを買った記憶、トマトをまるかぶりしたときの青い匂いや味の記憶。トマト畑の香りや土の感触。そういうものが心のどこかに残るようなトマトの届け方を大事にしたい。

そんな経験や記憶が子どもたちの心の原風景となり、無意識のうちに農業や農のある暮らしを選択できる人になれるように。生産者を選んで、野菜を買うことが当たり前になれるように。子どもたちだけじゃなく、大人たちも一緒に、心の原風景を取り戻し、農業が今よりも身近になる行動を起こせるように。年齢の若いお客さんに販売するときは、そんな願いも込めている。

毎年トマトを届けている親友家族。生まれたばかりの子は4歳になり、妹が増えて、お兄ちゃんになった。ぼくのトマト農家としての成長と、親友家族の成長がともにあるのがとてもうれしい。

40歳の自分のキャリアがどんなものか、正直今は全く想像できない。それが、中山間の農地を守ることと同時に、僕のふるさとである都市部の農地を守っていく2拠点での農業かもしれないし、そうじゃないかもしれない。

曽爾村でのトマト栽培の裏作として、地元堺での都市型農業ができないか、少しずつ可能性を探り始めている。曽爾村に移り住んでから、自分のふるさとを元気にするために頑張っているたくさんの方に出会うたびに、どこかうらやましく、刺激になり、心の引っ掛かりにもなっていた。

ローカルだとか都市部だとか線引きはせず、成り行きに置かれた場所で咲けるように、そうなれたらいいなと思う。

これからも、漂いながら生きていく

「自分の生きる道が、誰かにとっての灯りになり、道しるべになるように」

そんな想いを込めて、3年前「畑のあかり」という屋号を名乗り始めた。農家が向き合う相手は、土であり作物であり、自然界であり自分自身である。それゆえに、メンタルが強くないと、ダークサイドに堕ちていきやすい仕事でもある。何かに迷ったときや、心が折れそうになったとき、僕自身がいつも、この「畑のあかり」という名前に救われている。

農家として、たった3年生きただけ。まだまだ、わからないことだらけだ。これからも、いろんな経験や刺激を通して、いろんな思考を行ったり来たり、漂いながら生きていくのだと思う。

トマトの花に寄ってくる、野生の小さな蜂。花が咲き、無事に小さな実がつくと、とてもホッとする。近年の酷暑は、冷涼な曽爾村の気候でも、受粉の適温を超えていて、落花することが多い。

トマトの花言葉は「感謝」と「完成美」である。それを知ったときに、一生をかけて追い求めていく仕事に出会えたと思った。

農業という世界を旅しながら生きた先にある「完成美」とはどんなものか、全く想像もつかない。80歳のベテラン農家ですら、毎年1年生という世界。農家として未完成で未熟な今、見えていることや感じていることを大切に、与えてもらえるご縁や出会いに感謝しながら生きていきたい。

追伸

「畑のあかり」を支えていただいている皆様、いつもありがとうございます。来年のトマトも楽しみにしてくださいね!

Writer|執筆者

中野 展宏Nakano Nobuhiro

大阪府堺市生まれ。銀行勤務を経て、地域おこし協力隊として曽爾村へ移る。現在は、トマト農家の修行中であり、2019年に「畑のあかり」の屋号で独立。その他、移動映画館「曽爾シネマ」を主宰。

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