柿農家の妻になり、西吉野で暮らし始めたのが2009年のこと。今年で13年目になりました。干支が一回りして、やっとこの地の大事なものが見えてきた感じがしています。
山の中腹にある果樹園と暮らす家。最初は慣れない傾斜道や果樹畑を歩くのもやっとでした。
山道の坂が半端なく、乗り物は自転車じゃなく車。夜は真の闇というか、「真っ暗ってこんなに黒いの?」「黒色も何色もある!」と感動。当時の携帯電話は使い方に工夫が必要で、窓にくっついて使わないと電波が繋がらなかったりして、それはそれは不便だなぁと感じましたが、五感を研ぎ澄ませる冒険のような暮らしが、やがてどんどん楽しくなりました。
標高の高い場所での暮らしを全く知らなかった私は、冬の朝がやってくると、太陽の有難さを実感しました。
冬空の風が冷たい日は洗濯物をパンッと広げて吊るすと、そのままの形で凍ることもあります。雪が積もっている日のほうが暖かく感じますし、冬の水道水は指先が千切れるほど冷たく、自噴している山水のほうが温かく感じます。
反対に、夏の山水は気持ちよい冷たさで、珈琲やお茶、お米を炊くときは山水のほうが通年旨味を感じることができます
西吉野の方言には、「何となく聞いたことがある言葉」と「前後の雰囲気でなんとなく理解できる言葉」と、外国語とまでは言いませんが「音のニュアンスだけでは理解がむつかしい言葉」がありました。
地理的には河内弁が混ざった吉野地方の言葉でしょうか。主人のお母さんが和歌山県出身なので この家では和歌山県の言葉もミックスされているのかな。以下は、メモを取って書き残した言葉の一例です
せんどやなぁ~→たいへんやったなー きけたやろ→しんどかったやろ? きけてきた→しんどくなってきた はよおいてよ→そろそろ終わろうか~ おき~→終り いぬ→帰る せやにゃ~→せやなー あいさに→間に そんなことあろによ→そんなことないやろ づつない→気まずい おとろしい→わずらわしい わんこ→お椀 すまんこ→隅っこ みぞんこ→溝 かざら→体 よさり→夜 よせまさ→いろんな物で いのく→動く かいとまわり→蛇・大きな青大将 にこ→泥 ぼっこい→荒っぽい まとう→弁償する もむない→不味い げんすね→脛 すもん→相撲 にざい→煮物のおかず 炊きおかず→煮物 ジナジナする→ぐずぐずする
地元の方たちの言葉にも少し慣れて、しばらくしてから垣内(かいと)の行事にも参加させてもらい、ご近所付き合いができてきたある日、やさしい「昭和な勝手口」ができました。お隣のおばちゃんとの食文化交流のはじまりです。
おばちゃんは「炊きおかずやけど こんなん食べるけ?」「裏口へ空いてるお鍋持って来て~」と電話をくださって、切り干し大根、厚揚げ、タケノコ、オランダ豆、ねり天ぷらを煮たおかず、いろんなものをいただきます。
しばし近況報告などしたのち、井戸端会議に発展するのが定番。農作業のこと、孫のこと、町内会の行事のことなどを通じて、この地に暮らして66年というベテラン主婦のおばちゃんから、季節の移ろいと節気を教わります。
立春を過ぎると雪の中からフキノトウを採ってきて手渡してくれます。ある年はフキノトウ味噌に鰹節がたっぷり入ったおにぎりのお供をもらいました。
節分には巻き寿司、鬼の眼突き用の塩イワシ。水がぬるみだしたら、山から採ってきたワラビをわざわざ灰汁抜きまでして分けてくれます。
そのワラビの炊き込みご飯、山椒と蕗(ふき)の佃煮。生暖かい風が吹き始めたらタケノコも。
初夏には柿の新葉を使ったお手製柿の葉寿司、お盆前には御供のお野菜や、大きな子芋の葉など。野菜のお裾分けも有り難くいただきます
そんなおばちゃんメニューのなかで、驚きのうまさでとってもハマったメニューが、「鰊(にしん)と茄子と子芋のお味噌汁」。感動しました。
寒くなったらおでん。自家栽培の安納芋の焼き芋、柚子味噌、柚子ジャム、手作りこんにゃく、かす汁、肉じゃが、青い野菜が必ず入っている手作りコロッケ。お正月が過ぎたら七草、とんどのお光(残り火)で炊く小豆粥。
書き出したらキリがないことに、書いていて気がつきました(笑)。
おばちゃんは、よく「食べ助け」という言葉を使います。多く採れたお野菜や炊きおかず、間引き菜などのお漬物、「なんでもちょっと作ったぐらいは味が決まれへんし、食べ助けや」と言って、農繁期の暮らしの忙しさを見越して食卓の一品を助けてくれるのです。優しさまでもがたっぷり盛り込まれていて、心まで満たされていきます。
一方、私のほうは、御礼にも満たない、なんちゃって手作りをお返しにしようと試行錯誤します。私にとっては脳の活性化やリフレッシュになって、面倒で作らなかった甘いものやいただいた野菜を使わせてもらって、喜んでもらおうと頑張ります。
おばちゃんは、いつも「ハイカラなものを有難うやで~」と喜んでくれます。そんなに珍しくないものでも、「おいしかった! 水加減最高~花丸やぁ~!」などと言葉をかけてくれて。私の中では日常を褒めて貰える、ちょっとうれしい瞬間でもあります。
「昭和な勝手口」は、お鍋が行き交い、お皿が行き交い、「おいしかった!」「辛かったやろ?」「甘かったやろ?」と、笑って話して、お互いに健康であることを知らせ合う、おばちゃんとの大切な井戸端場です。こんな素敵な、スープの冷めない距離があるなんて!私は幸せです。
こうやって、記録写真を選んでいると ずいぶんたくさん、この地に伝わる風土を教わって風習に参加させてもらっているなぁ~と思います。
何度見ても見飽きない思い出がたくさんあります。私のパソコンには文字よりもたくさんの画像があります。
立春には、必ずと言っていいほど、庭先の掃き掃除をしているときに鶯が鳴き、春を知らせてくれます。姿を見つけにくい鳥なので、写真には竹藪しか写っていなかったりするんですが、でも、私には大切な春の1枚です。
2020年から新型コロナウイルス感染症が広がり始め、密になる集まりが自粛になり、行事が極端に減ってしまって、ご近所の方々との交流も車の窓越しで会釈する程度がほとんど。記録写真もずいぶん減りました。
それでも先日、ここ西吉野町平沼田中定垣内でも、縮小モードではあるものの無病息災を願う薬師如来の祭典が行われたのはうれしいことでした。
梅の開花が待ち遠しい時節になった今年、私の実家の母を西吉野に迎えて、新しいカタチの暮らしが始まろうとしています。次なる大冒険に付き合ってくれる夫と義父には感謝しかありません。本当にありがとう。これからもよろしく。
Writer|執筆者
2009年、大阪より西吉野の果樹農家へ嫁ぐ。生まれ育ったまちとは全く異なる自然環境や生活様式、時間の流れ方に毎日感動し、地域先人の知恵をたくさんいただきながらスローライフを楽しんでいる。