地域に、野菜に、誠実に。「福仁和農園」を営む白坂家の高取町での暮らし。
※本記事は高取町のWebメディア「和になる高取」(2023年に閉鎖)から転載しました
写真・文=赤司研介(imato)
高取町の壺阪山駅からほど近く、「森」という集落に白坂さんご夫婦が越してきたのは2018年のこと。大阪出身の隆三さんと愛知出身の由希さんは、宇陀市にある農業訓練校で出会い、共に有機農業を学びました。
卒業後、隆三さんは明日香村で就農し、由希さんは食育の事業に携わりたいと自社農場をもつ京都の会社に入社。数年後に結婚し、お子さんを授かった二人は、明日香村の家が手狭になったことをきっかけに新たな住まいを探し始めました
しかし村内では二人が望む家は見つからず、それであればと近隣まで範囲を拡大してみると、そこには高取町とのご縁がありました。農地は明日香村で、住まいは高取町で。どちらとのつながりも大切にしながら、白坂家の暮らしは営まれています。
科学の目で見て野菜を作る
「福仁和農園」は、大和盆地が見渡せる気持ちの良い高台にあります。
厳しい冬を越え、草木が鮮やかな緑色をまとい始める頃。白坂さんの農園では、実えんどうや絹さやが実りを迎え、空豆が青空に向かってその実を大きくしていました。
青々とした葉を揺らすじゃがいも、発芽してまもない人参、植え替えの順番を待つねぎ、巨大に成長したアーティチョーク、ローズマリーやレモンバームといったハーブ類。ビニールハウスの中ではとうもろこしとアスパラガスが顔を覗かせていました。
「福仁和農園」では、10反(約1万㎡)の土地で、30種類ほどの野菜を季節に合わせて作っています。
ハウス内で野菜に虫がついてしまったときに有機JAS認定の天然農薬を使うこともあるそうですが、基本的には無農薬で、かつ近隣から仕入れたおから堆肥を使用して栽培しています。
隆三さん:無農薬の有機栽培にこだわってはいますが、そんなことにそもそも関心がないという人たちにもおいしいと思ってもらえる野菜、環境にも人にもやさしい、おいしい野菜を作りたいと思っています。
環境にも人にもやさしい方法で、どうすればおいしい野菜が作れるのか。どうすればそんな農業で無理なく暮らしていけるのか。
隆三さんは自然と交わる感覚を大事にしながらも、どちらかというと科学と経営の目線で農を見つめ、研究と実践を続けています。
隆三さん:感覚的な部分も大事だと思うんですが、それだけだと人に説明できないし、特に一般の人に理解してもらえないので、農における「なぜこうしたらそうなるのか」を仕組みとして理解することが大事かなと思っています。
不思議なことばかりで、掘っても掘っても新しい発見があって、僕にとっては本当におもしろい仕事です。でも、子どもにはさせたくないですね。きっと想像以上に大変だと思うので(笑)
具体的にどうおもしろいのかを聞いてみると「急に感覚の話になりますけど」と前置きして隆三さんはこう続けます。
隆三さん:野菜と心が通じ合うというか。人間もそうじゃないですか? してあげたら返してもらえるみたいなことが、やればやるほど増えてきます。失敗することも多々ありますが、そういうのはおもしろいですね。
普通なところがいいところ
「森」に住むようになって2年が経った白坂さんご夫婦。自治会にも入会し、神社で行われる神事や行事ごとにもできるだけ参加しているといいます。
便利が進んだ昨今、いわゆる「村入り」は面倒なものとして語られがちですが、隆三さんと由希さんのあいだには「村入りしない」という選択肢はなかったそうです。
由希さん:「村入り」は、してもしなくてもいいみたいなんですが、私たちは根づきたいと思っているので、初めからするつもりでした。引越ししたばかりの頃、お隣さんが副区長をされていて、「何か困ったことはないか」と聞いてくれたり、行事のことなど何かと教えてくれたりして、ありがたかったです。
集落での付き合いや行事については、面倒という感覚はなくて、むしろとてもよくしていただいていると感じています。
そんな由希さんに“まちの良さ”を聞いてみると「普通なところ(笑)」という答えが返ってきました。
由希さん:すごく有名な観光地というわけでもないですし、すごく大きな町でもありません。人によっては、もしかしたら少しひっそりとして見えるかもしれませんが、私たちみたいな普通の家族からしたら、静かで暮らしやすいです。
ちょっと車で出ればお店もあるし、駅前なので銀行も郵便局も役場も近くにあるし、不自由はないですね。しいて言えば、子どもが少なくなっていて、最近子ども会がなくなってしまったのは残念です。いいところなので、良くなっていってほしいなと思います。
今回の取材を受けたのも、地域への感謝の気持ちがあると隆三さんは話します。
隆三さん:高取町に、森に、住ませてもらってありがたくて、だからこそ僕らみたいな家族も移住して、こういう生活をさせてもらっていることを外の人に知ってもらって、いい人が引っ越してきてくれたらいいなと思っています。
家族で仲良く暮らしていきたい
では、これからのこと。農家として、家族として、どんなふうに考えているのか。隆三さんに聞くと、農家をもっと挑戦しやすい職業にしていきたいと感じているそう。
隆三さん:新型コロナウイルスが世界中に広まって、これから一時的に農業がブームになったりするだろうなと思うんです。でも、農業を経営するのは本当に難しいことで、“なぜ野菜がおいしくなるのか”を感覚だけに任せていたら、なかなか継続していけない。
続けていこうと思ったら、植物の生理をきちんと説明できるように、科学的に理解して「理屈の見える化」をしていかないとと思うようになりました。
隆三さんがそう話す背景には、「苦労して手を掛けた方がおいしい」というイメージが先行し過ぎることで、農業が続けにくくなるという実感がありました
隆三さん:“こうじゃなきゃいけない”にこだわり過ぎると、農家がとっつきにくい職業になってしまう。苦労はしなきゃいけないわけじゃない。苦労したって、やっぱりおいしくなかったら買い続けてもらえないです。
環境への配慮も、僕はした方がいいと思っていますが、その人ができる範囲でいいと思うんです。何事も否定せず、僕には僕のできることを、態度で示して見てもらって、その人が感じたようにしてもらえたらいいなと思っています。
そうして誠実に生きていく先に、隆三さんと由希さんの二人は「家族で仲良く暮らしていく」という、やさしい未来を見ています。そして「子どもが安心して暮らせる世の中にしていきたい」と話します。
「福仁和農園」の野菜は、毎週金曜日に開かれている「明日香ビオマルシェ」や、明日香村の直売所、Aコープ橿原店や広陵町の「旬の里まみヶ丘」などで販売中。どの野菜も、甘くてやさしい、誠実な味がします。ぜひ一度、召し上がってみてください。
Writer|執筆者
合同会社imato代表。編集者/ライター。1981年、熊本県生まれ。神奈川県藤沢市で育ち、2012年に奈良県に移住。宇陀市在住。2児2猫1犬の父。今とつながる編集・執筆に取り組んでいる。