奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

高取町 2023.3.27 / インタビュー

いい時間が香る「空間」を届けたい。点心カフェ「花水土香」を営む成田夫妻の、農とお店を両立する暮らし。

※本記事は高取町のWebメディア「和になる高取」(2023年に閉鎖)から転載しました

 

写真=百々武(dodo)・文=赤司研介(imato) 

近鉄吉野線・壷坂山駅から徒歩7分。高取城の城下町としての面影が残る下土佐地区に、いちご農家の成田剛さん・麻岐さん夫妻が営む点心カフェ「花水土香(はなみづか)」がオープンしたのは2017年のことでした。以来お二人は、5月から10月はカフェ営業といちごの苗栽培を行い、11月から4月はカフェを閉めていちごの収穫・出荷に専念するという、農とお店を両立する暮らしを送っています。

物語の中のような空間で点心を。

築80年ほどになる町家の趣を残しながらリノベーションした店舗では、古代の日本好きという麻岐さんのイメージが見事に表現されています。

灰色に塗られた壁。ほの暗く落ち着いた照明。外光をやさしく取り入れるすりガラスや丸窓。カウンター席に生けられた生花。爽やかな風が吹いているような雰囲気を醸す天井の蚊帳。

古代の日本のような、中国のどこかであるような、はたまた物語の中に入り込んだかのような空間が、入り口の引き戸を開けた先に広がっています。

そもそも「点心」とは、禅宗のお寺でとる簡単な昼食、茶会などの茶請け料理、中国料理の小食などを表す言葉。テーブルに着くと、点心の雰囲気を感じる小籠包や水餃子、チマキに台湾茶といった、飲茶のセットが運ばれてきました。

「中秋の名月」や「薬猟り」など、月替わりのテーマで内容が変わる小籠包や肉まんは、やや酸味が香る中国の発酵生地「老麺」を使用して皮から手作り。そこに10 種類以上の調味料をブレンドして味の深みを生んでいます。

同じく「老麺」によってもちもちした食感の水餃子は、鶏と煮干しで出汁をとったスープとの相性が抜群。蓮の葉で包んで香り付けしたチマキは、鴨肉や甘栗、クワイやしいたけといった具材が入って食べ応えも十分です。それらに足し湯可能な台湾茶が付いた飲茶ランチセットは、女性客を中心に人気を集めています。

奈良で出会い、高取町へ。

剛さんと麻岐さんは、それぞれ東京と山形の生まれ。異なる土地で生まれ育った二人は、共に「農家をしながらお店をしたい」という夢を描いて奈良県五條市にある農業法人にたどり着き、出会い、意気投合します。

そして2年弱の研修を経て、実際に自分たちの飲食店をもつ夢に向かって計画を進めるために、農業法人を退職。剛さんは明日香村のいちご農家の研修生となり、麻岐さんはお店づくりの構想を練る日々を送ります。

麻岐さん:当時のいわゆる「農家カフェ」のモデルケースって、パンかワンプレートランチをする場合が多かったんです。私もパンに興味があったので、大阪の小さなパン屋さんで一年くらい修行したんですが、ライバルが多いし、趣味でプロ級のパンをつくる人もいるし、難しいなと思うようになって。

それで、もうちょっと視野を広げようと思って考えていた時に、たまたま東京で点心を教えている先生がいて、一年くらい通って直に作り方を教わりました。私自身、細かい作業が好きだし、野菜も使えるし、「これはいけるかも」という思いがあって、「点心カフェをやりたい」と夫に伝えたんです。

それを聞いた剛さんは、最初は半信半疑だったと笑います。

剛さん:「いやいや点心したいって言うけどさ」って思いましたよ。でもね、「これ私が作ったやつだから食べてみて」って麻岐に言われて食べてみたら、手前味噌ですけど、めちゃくちゃおいしかったんですよ(笑)。「これならいけるかも」と思ったら、踏ん切れましたね。

提供する料理が決まり、二人はいよいよお店のイメージを具体的に考え始めます。

麻岐さん:中国や台湾の食堂みたいなイメージを意識しつつ、もともとあるものを生かしつつ、土壁があって暗めでレトロな雰囲気で……というふうに、インテリアや照明、窓枠なども選んで、試行錯誤しながらつくっていきました。大工さんから「なんでこんな色なの?」とか言われながらでしたね(笑)。

お店に設置された本棚には高取町史をはじめ、奈良にまつわるさまざまな内容の本が並べられ、カウンターには麻岐さんが型から手作りしているという古代瓦の形をした月餅が売られています。他にも、醤油差しに木管をイメージした札が括られていたりと、店内には奈良を感じる遊び心が散りばめられています。

麻岐さん:小説家の荻原規子さんが書かれた「勾玉シリーズ」など、古代をモチーフにした女の子が主人公の冒険ものが好きだったり、世界の神話や妖怪辞典などを読み耽っていたりする子どもで、奈良への憧れのようなものは根底にあったんです。こちらに移住してきてから、まだ文明化されきっていない飛鳥時代のようなが想像が膨らむ歴史に、より惹かれるようになりました。

お客さまには、普通にカフェとしてご利用いただくだけもうれしいのですが、この辺りには古墳があったり、もっと奥に行けば吉野があったり、ここにしかないものがあるから、うちのお店でも奈良らしいことを楽しんでもらえたらいいなと思って、月替わりのランチやお店のいろいろを考えています。

高取町に住んで6年。麻岐さんは、日々“地続きの歴史”を実感できるのが楽しいと話します。

麻岐さん:土佐街道は、いわゆる通勤ルートなんです。ここからみんなお城に出勤していたから、上から見下ろさないよう屋敷の二階に窓がなかったり、あっても閉じられていたり。今が、当時からの地続きの歴史の上にあることを実感できて楽しいです。他にも古い薬屋さんがあったり、「天皇さん」と呼ばれるお祭りがあったり、屋敷の玄関にカラフルな御幣が差してあったり。そういうのが全部興味深くて、おもしろいですね。

いい時間が香る、空間を届ける。

これからのことをお聞きすると、剛さんの頭の中には、花水土香の新たな展開のイメージが広がっていました。

剛さん:アメリカの絵本画家で園芸家としても知られた、ターシャ・テューダーをご存知でしょうか? 彼女は2008年に亡くなったんですが、50年くらいかけてすごく美しい庭をつくった人なんですけど、僕はターシャの庭が大好きで。畑と庭が一緒になっている空間を「ポタジェ」と言うそうなんですが、そういうものが花水土香らしさにつながるんじゃないかと思っているんです。世話をするのはすごく大変だし、一人でやるのは到底無理だと思うんですけど(笑)。そこを目的に来てもらえるような、自然な空間、大きな花屋さんみたいなイメージです。

「花水土香」という店名は、実は剛さんが奈良に来る前から考えていた名前だそう。

剛さん:そのとき好きなもののイメージを羅列しただけなんですけど、結果としてお店の指針になっていて。農業と飲食店、そして、香りを大事にしたいなという思いはずっとあったんです。うちのチマキは蓮の葉で巻いているんですけど、あまりに値段が高いので、笹の葉に変えようかと話し合ったこともあったんですが、やっぱり香りは大事にしたいよねと。

僕の中では、香りって空間のことなんです。連想ゲームに近いんですけど、いい空間を届けたいから、香りにはこだわりたくて。この前、お客さんから「いい時間が過ごせました」って言われてとてもうれしかった。「おいしかったです」はありがたいことによく言ってもらえるんですけど、「いい時間が過ごせた」というのは言われたことがなくて。でも、それを聞いたときに、「伝わった!」って思ったんですよね。

いいカフェって、何時間でもいれるじゃないですか? そういういい時間を届けたい、いい空間を届けたい、いい香りを届けたい。そういうお店にしたかったんだって、改めて思いました。これからも、お客さんにそう感じてもらえる店づくりを続けていきたいですね。

縁もゆかりもなかった高取町にやってきて、農家になり、お店をつくり、新たなチャレンジを続ける剛さんと麻岐さん。お二人がこれまで、お互いの考えや希望をぶつけ合い、ひとつずつ実践して形作ってきたすべては、それぞれの個性が生きた、とても自然な姿をしています。そんな、ここでしか味わえない、いい時間が香る空間に、ぜひ出会いにきてください。

Writer|執筆者

赤司 研介Akashi Kensuke

合同会社imato代表。編集者/ライター。1981年、熊本県生まれ。神奈川県藤沢市で育ち、2012年に奈良県に移住。宇陀市在住。2児2猫1犬の父。今とつながる編集・執筆に取り組んでいる。

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