奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

天川村 2024.3.14 / コラム

人間になる

写真・文=砂山利治(TENKARA GELATO

なんだか重々しい題名に見えますが、哲学的なお話のような、神秘に目覚めたお話では一切ありません。

少し前まで石川県金沢市の街に住んで働いていました。とあるタイミングで会社を辞めて無職になり、包容力が形になったような現妻の家に転がり込みました。

これからどうしようかと考えていたら妻の実家の山奥(天川村)に誘われ、そこから結婚、出産、移住と、とんとん拍子に事が進んでいきました。ぼくはのんびりした性格なので、「山に行ける、ラッキー!わーわー」としている間に妻のものすごい頑張りで天川村に連れてきてもらったような感じです。

立場も変わりました。

交際から結婚がイコールだったので、夫になり、ありがたいことに子どももすぐに授かり父にしてもらい、婿養子として迎えていただいたので名前も変わりました。周りから見たらはちゃめちゃに見えたと思います。

ぼくもそう思っています。温かく迎えてくれた妻と妻の親族の皆様の寛容さに感謝しかありません。

さて、村に住み始めて驚いたことがいくつかあるので、紹介してみたいと思います。

 

1、頂くものがたくさんありました。

当たり前に畑をされている方がたくさんいらっしゃいます。冬のシーズンは山の立地の寒暖差からおいしい白菜が育ちます。ご近所の方からこの白菜を頂き、そのおいしさに興奮してお礼をお伝えしました。すると、食べ切る度に届けてくださるようになり、ほぼ毎日食べていました。

まるで白菜のサブスクです。お礼が追いつきません。

山なのでハンターさんもいます。ハンターさんから獲れたての猪肉や鹿肉、時には穴熊などたくさん頂きました。ほぼ毎日おいしくいただいています。

こちらも全くお礼が追いつきません。

 

2、無いものもたくさんでした。

当たり前ですが街のように、すぐに物は手に入りません。

近くのスーパーに行くのも車で40〜50分かかります。なので買い物も週1回行けばよい方です。単純に足りなくなったり、買い忘れもあり、家に何も無いときがあります。

どうしようもないので、諦められるようになりました。

 

3、役がありました。

村は街より住んでいる人が少ないです。行政も一緒で人数が少なく、その分職員の方々もやることが山のようにあります。なので、住民自身で地域を管理する役があります。道の整備、草刈り、ゴミ清掃、お寺の手伝いなど、様々な役があります。

恥ずかしながら街にいた時は「誰かがやってくれるだろう」という気持ちがあって、誰がやってくれているかもわかっていませんでした。

自分でやってみて、初めて感謝ができるようになりました。

 

4、家族で過ごす時間が増えました。

まず仕事が終わってから外食をする場所がありません。必然的に家で、妻と息子と夕食を食べます。たわいのない話をして、息子の食べっぷりに笑い、寝かしつけたら妻と晩酌です。妻はよく飲みます。飲みっぷりに驚嘆です。

親族の誕生日パーティーもあります。誕生月が近い人がいる場合、大体二人合わせて開催です。合計で年5回に分かれていますが、約2ヶ月に1回がパーティーです。

もう多いのか少ないのかよくわかりません。でも、この時間は幸せです。

街にこれらが無いとは言いません。ただ、ぼくは結構麻痺していたと思います。驚いたと書きましたが、よく考えたら当たり前のことです。

頂いた善意にはお礼をする。
近所の方に会ったら挨拶をする。
おめでたい時にはお祝いをする。
住んでいる場所を綺麗にする。
困っている人がいたら助ける。
何もなかったら諦める。

村に来て一番変わったのは、当たり前のことに感謝できるようになったことかもしれません。女性・男性とかの概念ではなく、『人間』らしく成長させてもらっています。

そして、最後に、ぼくは料理人です。

まだ村の中で明確な役はありません。
でもやっぱり料理で何か返していけたら嬉しいです。
これからぼくは、ぼくたち家族は、どんな役を担っていくのでしょうか?

あー、早く人間になりたい。

Writer|執筆者

砂山 利治Sunayama Toshiharu

ロンドン生まれ、埼玉育ち。北フランスやジュネーブのレストランで勤めた後に帰国し、 金沢でのレストラン立ち上げを経て、現在は奈良・天川村でのオーベルジュ開業準備中の傍ら、ジェラート作りに奮闘中。

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