奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

宇陀市 2018.3.31 / コラム

【第3話】街と奥山のあいだ。自然と文明のバランスが「ちょうどいい」宇陀市で見つけた、健やかな暮らし 〜子育て編〜

写真・文=赤司研介SlowCulture

さて、前回の記事から少し間が空いてしまったが、第3話目となる今回は、宇陀市ですくすくと育っていく子どもたちの生活環境について感じること思うことを、住んで4年になるよそからきた父親目線で書いてみたいと思う(日頃子どもにつきっきりで頑張っていらっしゃる奥様方につきましては、温かい目でご笑覧いただければ幸いでございます)。

子どもが少ないことのメリットとデメリット

日本が少子高齢化社会と言われ始めて久しい昨今、宇陀市も全国各地の諸地域同様、着実に少子高齢化が進んでいる。平成30年3月1日の総人口は31,021人。うち、0歳から19歳の人口は4,156人。0歳から4歳の子どもに至っては750人しかいない(出典:宇陀市ホームページの人口統計)。

我が家には小学生の娘と幼稚園児の息子がいる。とりわけ子どもの数が少ない地域であるため、娘の同級生は8人。息子の同級生は9人という具合だ(市内にはもっと子どもの多い校区もある)。

僕は、都市部の学校の様に、1クラス30人も40人もいる必要はないと思っている。そんな人数を先生が1人または2人で見るなんて、そもそも無理な話だと思うからだ(もちろん教員をしたことなんてないけれど想像に難くない)。

人数が少ないことのメリットも感じている。

ひとつは、みんな兄弟のように仲がよく育つこと。先生も一定の余裕を持って、一人ひとりに向き合ってくれているように思う。完全な主観だが、街の子どもたちよりも明らかに「おぼこくて(幼くて)」、子どもらしい子どもたちだなぁと、いつも思う。

子どもは「じゃんけん列車」で果てしなく盛り上がる

人数が少ないから、同級生の子たち全員の名前と顔が一致する。成長もよく分かる。自分の家の子じゃなくても、たまに見かける彼ら・彼女らの成長がなんだかとてもうれしい。がんばっている様子を見ると応援せずにはいられない。

逆も然り。うちの子を、地域のみなさんが心配してくれたり、声をかけてくれたり、お古の洋服をくれたり、写真をプリントして届けてくれたり、いろんなことをしてくれる。地域みんなで子どもたちを愛でている。そんな感じだ。

それでもやっぱり、できるならばもう少し子どもが増えて欲しいなと思う。今のままだと、いろんな価値観、今風に言うと多様性に触れる機会が、やはりちょっと少ないような気がしている。

バス通学は安心。だけど寄り道もさせてあげたい

また、人数が少なくなってくると、自治体は学校を効率よく運営するために、統廃合を進める。その結果、子どもたちは歩いて学校に行くことができなくなる。

するとどうなるか。車で送迎するか、バス通学になるのである。うちの子どもたちも毎朝、地域を巡回する専用のバスに揺られながら、30分ほどかけて学校・幼稚園に通っている。

これもメリット・デメリットがある。

メリットは、バスの運転手さんや、同乗してくれる幼稚園の先生が子どもたちを見てくれているため、徒歩で通学するよりも、道中は安心だということ。とても残念なことだけれど、このご時世、子ども一人で歩かせるのは、心配性の僕にはどうにもさせられる気がしない。

デメリットは、子どもたちが寄り道できないということだ。自分の幼少期の記憶を辿ってみても、やはり寄り道は楽しかった。どうでもいいが、友だちとなぜか「ギニュー特戦隊」の真似をしながら帰った記憶が、僕の中にはとても鮮明に残っている。

何がおもしろかったのか、今ではさっぱりわからないが、通学路は子どもにとっていろんな発見をもたらしてくれるものではないかと思う。

冬の日に通学路を歩けば植物たちに霜が降りていたり

今思えば、毎日が探検だった。

都会に比べて教育の選択肢は少ない

前回書いた様に、田舎に住んで、不便はほとんど感じていない。が、教育の選択肢はもう少しあったらいいのにな、と思ったりする。

例えば、都市部には、「モンテッソーリ教育」や「シュタイナー教育」など、主流のそれとは異なる学習方法で指導を行う教育機関がいくつも存在している。しかし、宇陀には公立校の選択肢しか存在しない。奈良市内や大阪にはいくつかあるようだが、そこまで子どもを通わせるというのも、現実的とは言い難い。

断っておくと、前者のいわゆる「オルタナティブ教育」が公立校の教育よりも優れていると言いたいわけではない。「さまざまな選択肢があることを知った上で、自分たちの考えにあったものを選ぶ」ということ、また「選ぶことのできる環境を整えること」が、これからの時代、とりわけ重要になってくるのではないかと思っている。

習いごとも同様だ。「あれもこれも習わせたい」なんてまったく思っていないが、子どもが自発的に「あれを習いたい」と思った時に、習える場所がなかったとすれば、そのことが子どもの未来を制限してしまう可能性は否定できない。

例えば息子が急激に男らしく成長して「テコンドーを習いたい」なんて言い出しても、その選択肢は宇陀にはないからだ(ちなみに少林寺拳法は習える場所がある)。

学校給食についてなど、子育て環境のことはもう少し書いていきたいが、今回はひとまずここまで。ちなみに宇陀は毎年全国2000校が応募する「全国学校給食甲子園」でなんと準優勝する地域なのだ。

そのお話はまた次回。

Writer|執筆者

赤司 研介Akashi Kensuke

合同会社imato代表。編集者/ライター。1981年、熊本県生まれ。神奈川県藤沢市で育ち、2012年に奈良県に移住。宇陀市在住。2児2猫1犬の父。今とつながる編集・執筆に取り組んでいる。

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