奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

宇陀市 2020.3.16 / コラム

シルクロードの東の果てと言われる奈良で、豊かな文化交流拠点をつくりたい。

写真・文=ミカドアヤ(古今東西、好奇心の旅

私は奈良東部の宇陀市出身である。かつては代々林業を営んでいた家で育ち、大阪の大学を卒業後に東京で就職。10年間、金融関連会社にて勤務するも、家族の介護が必要となったことをきっかけに退職し、2017年の初夏、宇陀にUターンした。

小さい頃から好奇心旺盛で、外国について学んだり訪れたりすることが好きだった私は、大学時代にイスラーム文化圏であるトルコのNGOで、ホームステイをしながら2ヶ月のあいだインターン生として働いた。

そこから、今まで知らなかったイスラームや、それ以前のシルクロードの国々の、旅人への優しさや豊かな文化交易に興味を持つようになり、会社員になってからも毎年旅に出るようになった。

ウズベキスタン内の自治共和国・カラカルパクスタン

そうした中で、様々な背景の人や文化が互いに豊かに交流し、新しい価値やアイデアを作り出していくことに魅力を感じ、帰郷後も旅や文化に関わる仕事がしたいと思っていた。

今では介護の傍ら、海外の方向けに、奈良とシルクロードのつながりのおもしろさを伝えるガイドをしたり、日本の方向けの、シルクロードやイスラームの国々に親しむ文化イベント・街歩きを各地で企画したりしている。

現地の食文化を探求することにも興味があり、いつのまにか家の中がスパイスや外国食材だらけになったため、最近ではスパイス・インストラクターの資格を取り、シルクロードの国々の食を作ってみるイベントも開催するようになった。

反対に、世界に目を向けることで、日本や奈良、そして私自身のルーツにも興味を持つようになった。

宇陀市の中でも、私の育った地域にはわかりやすく目に見える遺跡はあまり残ってはいないが、『古事記』や『日本書記』にも登場する「神武天皇東征ルート」上に位置し、古代日本の歴史の舞台となっていたことから、「国のはじまり大和の国(奈良地方)、郡のはじまり宇陀郡(宇陀市)、邑のはじまり穿邑(宇賀志)」とも言われているそうだ。

また、自然が豊かで綺麗な水に恵まれ、古代には中国で「不老不死の妙薬」として重宝された水銀(丹砂)も取れたことから、その恩恵にあずかろうと、採取場所周辺で狩りや薬草栽培などが発達した場所でもあるそうだ。

そんな日本の古い歴史が感じられる場所で、過去からのつながりや、ペルシア・中国などシルクロードを通じて渡ってきた大陸の文化を感じられることがおもしろく、次第にシルクロードの他の国々との文化的接点や、後に普及したイスラームの交易文化をもっともっと探求したいと感じるようになった。

そして私は、「古今東西、好奇心の旅」と言う名前で活動を始めることにした。

好奇心と知的探究心は家族譲り

どうやら私のご先祖様もとても探究心旺盛な人だったようで、自らで自宅周辺の地理や歴史などを調べ、当家の歴史として和綴じの本にまとめていたりする。

まるで地図帳のような見開き

さらに、日本の初代天皇とされる神武天皇の歴史を調べて綴った(今で言う)同人誌のようなものも残しており、読んでみると「これこれこういう理由からこうだったのだと思われる」など、調査しながら自身の考えが変化していく様子も省略されずに文字に落とされている。

その不完全さがまた自由研究らしくておもしろい。

物置の隅からは江戸末期に流行した『東海道中膝栗毛』や『大和名所図会』など(今でいう)観光ガイドブックのようなものが何冊か虫食いの状態で出てきたり、明治時代の土地台帳が出てきたり、大正時代の地図が出てきたり。

何もかもが私の知らないことばかりで新鮮で、まるでタイムマシンのように家と、家を取り巻く地域の歩んできた歴史文化を追体験することで、それらの蓄積を後世に伝えることを託されているようにも感じる。最近ではほんの少しずつ、くずし字も学び始めた。

また、日々、ただ家で暮らしているだけで、昔の農機具、米蔵、稲屋、桟や梁、地下水を貯めた井戸や氷室、襖の絵や障子や畳などからも当時の流行や技術がいきいきと感じられる。

そしてそれらには、民俗博物館の展示物のような囲いはなく、自身の生活の一部として当たり前に存在し、共に毎日年を重ねている。匂いもかげるし、触れることもできる。床柱に手を回すと、丁寧に磨き上げられたなめらかさや、木のぬくもりを肌で感じることができる。

私は地方の生活も都市の生活もどちらも好きだが、大阪や東京の「変わりゆく新しさ」を追求する都市生活を経てUターンしたからこそ、改めて家の「変わらない古さ」を魅力的に感じるとともに、自分を取り巻く物にもますます愛着を感じるようになった。

“横”に広がる文化を感じる旅

そうした過去からの“縦”の時間のつながりを感じながら現代を生きる私は、海を越えたシルクロードやイスラーム文化の世界へと、“横”に広がる文化のつながりにも魅了され、探求の旅を続けている。

奈良には、古くからシルクロードなどを通じて大陸から様々な文化や人を積極的に受け入れ、混ざり合いながら発展してきた歴史がある。

例えば、イランの古都「ヤズド」近隣の街を訪れた時には、寒暖差の激しい気候を生かした氷の文化のルーツはイランにあるのではないかと感じた。奈良に製氷業者があったり、氷室神社があったりするのはイランの「ヤフチャール」という氷室を用いる製氷文化を受け継いでいるのではないだろうか。

これがイランにあるヤフチャール(氷室)。地下にある山水の貯水池からの冷風で温度を維持する。

他にも、「ハフトスィーン」というイランで新年を迎える7つの縁起物の中に「ガラス鉢に泳ぐ赤い金魚」があるのだが、それも金魚の養殖が盛んな奈良と何か縁があるように感じるし、ガラス鉢自体も大昔にイランから奈良へ伝わってきたと言われている。

さらに本国では失われた古代の高度な建築技術を見るために、日本の国際都市だった奈良の寺社を見に足を運ぶという中国からの観光客もいた。そういった大陸の国々の人たちが自国との文化的な接点を感じられることも、奈良を旅する魅力のひとつであると思う。

多様な人や文化が行き交う場所を作りたい

かつて国の中心だった奈良は、大陸からの人々の伝えた技術文化を積極的に生かすことで発展し、それらを広く国内に伝えた結果、お茶や薬、墨など、多くの日本の文化発祥の地となっているという。

私にとっては、古代の日本の中心として世界と繋がっていた場所に暮らせることはとても興味深く、同時に現代においても、日本と世界の文化が豊かに混じり合い、発展していく場所となって欲しいと考えている。

だからこそ、これからも自身の活動や仕事を通じて、かつての国際都市・奈良のように多様な人が行き交い、文化交流をすることでワクワクするようなおもしろい場や機会を作っていきたい。

「おもしろさ」のタネは、どこにでも転がっている。そして、日々「おもしろい」と思う小さなアイデアが湧く中で、「良い」と思ったものは、常識にとらわれず試してみている。

例えば、料理を作るのに必要なスパイスや野菜を育てる畑を自分で開墾してみる。ピザとナンの兼用窯をご近所の力を借りて一から作ってみたり、自分で穴蔵に中央アジアスタイルの旅と文化の本部屋を作ってみたり。また、家の片付けをしながら、祖母が蔵に残していた古き良きヴィンテージ服を修繕して着て楽しむ「蔵コレ(蔵出しヴィンテージコレクション)」企画を立ち上げて各地で撮影会をしたり、奈良各地の魅力をRPG形式で紹介する短編動画プロジェクトも有志で始めた。

最初は失敗することばかりだが、続けていくうちに一緒におもしろがってくれる人も集まるので、「どう育てたら皆がよりワクワクする企画になるか」見えてくることもある。

こうして私自身も日々試行錯誤のプロセスを楽しんでいるので、もしも興味があれば、一度イベントや奈良に遊びに来てほしい。

「古今東西、好奇心の旅」 HP:https://ayamikado.world/

Writer|執筆者

ミカド アヤMikado Aya

宇陀市出身。全国通訳案内士。東京で10年間の会社員生活を送った後Uターン。シルクロードやイスラームの国々を旅し、その歴史文化に親しむイベントや街歩きを様々な場所で企画している。

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