づぃーづぃーづぃー、コロコロコロ…
日ごと盛り上がる虫たちの大合唱。山里に秋がやってきた知らせです。
宇陀市の東端にあり、大宇陀・菟田野・東吉野村の境に位置する山と田んぼだらけの集落「大熊(おおくま)」。私はこの大熊で、3人姉妹の末っ子として生まれ育ちました。
進学や就職で県外へ引っ越したこともありましたが、7年前に地元に戻り、現在はヒト4人・ネコ1匹の家族と共に、楽しくのびのびと暮らしています。
大熊は大きな村ではありませんが、大字の中でさらに住所には記載されない3つの垣内(かいと)に分かれています。それぞれ「戸頭(とがしら)」「北脇(きたわき)」「南部(なんぶ)」と呼び、どんど焼きなどの年中行事は垣内ごとに行われます。
もちろん村全体の行事もあって、そのほとんどは神社かお寺に関するもの。どちらにも普段は宮司さんやご住職はいないので、当番の家が順番に掃除をしたり、お供えのご飯を上げ下げしたりしています。
お寺の仏さまに毎朝お供えする仏飯は、このあたりでは「おっぱんさん」と呼ばれていて、各家でその日最初に炊いたご飯を仏様用の小さな器によそい、お茶を添えてお寺に持っていきます。30軒ほどの家が毎日順番にお供えするので、回ってくるのはだいたい月に1回。自分の番が終わったらすぐに次の当番の家に器を届けます。
子どもの頃は、この「おっぱんさん」の当番の日、母に連れられて訪れる人気のないお寺が苦手でした。
古い建物の中は薄暗く、歩くと床がギシギシと音をたてます。特に、本堂から渡り廊下を抜けた先にある小さな薬師堂は、懐中電灯で照らさなければ足元が見えないほど真っ暗なうえ、薬師如来さまの両脇には頭に十二支をつけた色鮮やかな十二神将さまがずらりと並んでいて、子どもの目にはなんだか不気味に映りました。
「早く終わらへんかな~」と思いながら母の読む般若心経を聞いていたのをよく覚えています。
そんな怖かった思い出もある村のお寺・薬師寺ですが、季節ごとに行われる行事の時には格好の遊び場になりました。
人生で初めての友達ができたのもお寺行事の時。幼い子どもがおとなしく正座して長時間の読経に励めるはずもなく、お坊さんの登場からものの数分もしないうちに境内に飛び出します。
私と同じく家族に連れられて来ていた小さな女の子と、石碑の上からジャンプしたり、追いかけっこをしたり…お経が終わる頃にはすっかり友達になっていました。次の年から同じ幼稚園に入園というタイミングだったので、今思えば母同士が申し合わせて出会わせてくれたのかもしれません。
「花祭り」の甘茶や花御堂、お十夜の「大数珠繰り」など、思い出に残っている行事は沢山ありますが、その中でも特に、今でも毎年楽しみにしているのが「十二薬師会式」です。
大熊の薬師寺に鎮座する「薬師如来坐像」は室町時代の作で、和歌山県の根来寺からやってきたと言われています。毎年9月に行われる会式では、その薬師如来さまに決まった供物をお供えし、般若心経を合計1000回になるまで唱えます。2日間に渡って行われ、1日目の日中は準備をし、夜にお坊さん先導で読経が始まります。
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子……
半分終わったら1日目は終了。翌日朝から残りの500回を唱えます。大勢集まって声を出すことは気持ちがよく、最初は調子が良いのですが、長時間になるほどだんだんと声が枯れたり足がしびれたりしてきます。
全文で僅か300字足らず、お経の中では短いものの、1000回となるとなかなかです。
長いながい読経が終われば、皆で「おつかれさま」「ようお参り」と声をかけ合い、「おみ」の準備にかかります。お供えしていた供物を賜(た)ばり、それを村の女の人たちが大きなお鍋でぐつぐつと炊いておじやを作るのです。
お米、南瓜、芋茎、素麺、茄子、里芋、油揚げ。出汁でくったりするまで煮込んだら、お味噌で味付けをして仕上げます。これを「おみ」と呼び、読経に参加した皆でいただくのですが、声を合わせて一生懸命お勤めした後に一緒に食べる優しい味のおじやは染み入るようなおいしさで、自然と笑顔になってしまいます。
さらに、それぞれ持参したお鍋に分け合って家に持ち帰り、参加できなかった家族にも振る舞います。まさに村全体が“同じ釜の飯”を食べる1日。こんなことってなかなかありません。
食べると1年間風邪をひかず元気に過ごせるという言い伝えもあり、おいしくってご利益もあるこのおじやは、私にとって年に1度の特別なごちそうなのです。
食事は命の源。食べ物が心と身体をつくります。
もとは知らない同士でも、同じものを一緒に食べることが繰り返されれば、少しずつ心が近づいていくこともあると思います。
苦労を共にし、得たものを皆で分け合う。この会式は病気平癒や食べ物に困らないようにとお願いする祈祷でありながら、村のみんながひとつになって助け合う良い関係を築くための時間でもあると思います。
昔からの知恵が詰まった、薬師さんのおじやの日。また1年間、健やかに過ごせたことに感謝しながら、世界中探してもきっとここでしか食べられないおじやの味を、今年も心に刻みました。
Writer|執筆者
宇陀市大宇陀生まれ。花と料理が好きな母に影響を受けながら、自然に囲まれて育つ。2014年の初夏、姉と共に営むお店「cafe equbo*」をオープン。数々の出会いに恵まれて今に至る。