奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

宇陀市 2020.12.15 / コラム

自然と田舎の繋がりに感謝。やっぱり、生まれ育ったところは良い。

写真・文=北森克弥

宇陀市室生深野。奈良県の北東、三重県との県境に位置し、「にほんの里100選」「ユネスコ未来遺産」にも選ばれた、自然が豊かで、昔ながらの田園風景が広がる村だ。

四季折々、様々に姿を変える自然。そして自分の子や孫のように子どもたちを可愛がってくれる村の人たちの温かさが、ここで暮らす僕たち家族に、幸せなエネルギーを与えてくれる。

稲が青々と育つ季節には里全体が萌黄色に美しく色づく。

真夏の散歩。暑い日差しの中、木陰で一休みする。

秋色に染まっていく里山の風景。

うっすら雪化粧。雪が里の田畑や家々を白く染める。

僕が子どもの頃から、この村にはお店どころか自動販売機すらない。原っぱ、草むら、畑、田んぼ、山、森林。自然全てが子どもたちの遊び場だった。

小学校までの通学路、往復2時間の山道もそのひとつ。暗くなるまで遊んで、家に帰って叱られ、翌日学校の先生にも叱られた。それでも、みんなと山で遊びたい欲求には勝てず、叱られようがなんだろうがお構いなし。そんな自由で楽しい幼少期を送っていた。

自然の中で伸び伸びと育ててもらったこの心と身体の隅々に、あの頃、草・木・水・土に触れた感覚と懐かしい記憶が、今もしっかりと残っている。

裏山の手作り公園でのびのびと遊ぶ子どもたち。

里を歩けば生き物に当たる。田舎の探検には虫取り網が必須。

旧通学路の自然の公園で、自然の遊具にまたがる。

自然が豊かな里山はただ歩くだけでも楽しい。

高校を卒業後、大阪の専門学校には自宅から通ったが、就職をきっかけに生まれ育った深野を離れ、10数年は大阪で暮らした。その間、妻との出会い、福祉の仕事に転職し、結婚。そして子どもが産まれた。

妻はもともと田舎好きで、深野のことも気に入ってくれた。月に一度は実家に帰って、特に何をするでもなく、家族で一緒に山や田畑をぼーっと眺め、村の中をぶらっと散歩する。そうして、ただのんびりと深野の自然の中で過ごした。

今思えば、あの頃は慣れない都会で消費するエネルギー量に対して、回復力が追いついていなかった気がする。そんな中で、「自分はいま深野にいてる」と思えるだけで、心と身体にエネルギーが満ちてくるのを感じた。

深野とは正反対の、少し歩けばなんでもある、何不自由ない生活。友達もたくさんできたし、妻の家族や親族たちも良くしてくれる。大阪での生活に不満があったわけじゃない。でも、何か地に足が着いていない、すっきりと心が休まらない、そんなモヤモヤとした日々を過ごしている間に、長女が幼稚園入園を迎える歳が近づいてきた。

このままこの場所にいたとして、自分の将来はどうなっていくのか。子どもたちはどのように成長していくのだろうか。時々、そんな漠然とした不安が頭の中をよぎるようになる。

そして、生まれ育った深野への思いが日増しに強くなっていき、僕は「深野に一緒に帰ってもらえないか」と妻にお願いをした。

そうしよう。

笑顔で即答だった。もともと「田舎で子育てするのも良いね」と話してくれてはいたが、今思えば、仕事でいろいろ悩んでいた僕のことも考えて決断をしてくれたのだと思う。

ご先祖様から受け継いだ着物を夫婦で着用し、七五三参りへ。photo by 木下伊織

生まれ育った田舎で暮らせること、子どもたちがそこでどんな成長を遂げるのか。考えるだけでワクワクした。何より、その選択を自分の大切な人が認めてくれたこと、その人と一緒に深野で歳を重ねていけることがうれしくて、心がすーっと楽になるのがわかった。

自分は根っからの田舎者なんだ。

その時、改めて確信した。

深野は人と人の繋がりも強く、皆が優しく気遣ってくれる。気軽に助け合える関係性も心地良い。

お盆の「おしょうらいさん」 ご近所で集まって藁を燃やした灯りでご先祖様を迎える。

「とんど」で地域の皆さんと一緒に家内安全、無病息災を願う。

公民館で集まりカレーパーティー&キャンプ。

朝を迎えるたびに、豊かな自然、村の人々、そして家族に対して感謝の気持ちでいっぱいになる。

妻は生粋の都会生まれ都会育ち。何より、病気を患っていた義母と、その介護をする義父のことが気掛かりな中で、田舎に帰ることを承諾してくれたことにも感謝している。

妻の両親や兄姉夫婦についても、僕たちが離れることを了承してくれた。負担もかけている分、こちらはいくら感謝してもしきれない。

それから、深野に帰ってきて本当にうれしいことがもうひとつ。それは、またおばあちゃんと一緒に暮らせるようになったことだ。

おばあちゃんは今年で93歳。年相応に足腰は弱っているが、聡明さは家族の中でもピカイチ。認知機能テストは満点を叩き出していた。

よく笑い、エネルギッシュで、ポジティブ思考。家事や畑仕事は今なお第一線で活躍中。マイペースでお茶目なところもあるけれど、周りの人への感謝の気持ちはいつも忘れず、「すまんな、おおきに、ありがとう」が口癖だ。

決して自分が特別だと思っているわけではないけれど、自己肯定感の高さと幸福感が全身から滲み出ている。「ワシは幸せもんや、有難い人生や」と心の底から信じているのがそばにいてよくわかる。

「おばあちゃんは毎日幸せそうやな」と声を掛けてみた。

そら、おばあちゃんは幸せやで。みんなようしてくれるし。何にも言うことないよ。体も元気やし。自分のことは自分で動かれる。家でいろいろ用事するのもええねわ。体にも頭にも体操になるねわ。足はたまに痛なるけど、大きな病気はせえへんしな。先祖さんも、神さんも守ってくれてはるんかな。

先祖さんには毎朝お礼を言わしてもろてるよ。ワシにできることはあんまりないけど、心経だけでもて毎日拝んでんねわ。「基之も、佐江子も、克弥も、由季ちゃんも、日彩も、友都も、心野も、お腹の赤ちゃんも、親類中、村中、桃ちゃん(犬)や鶏たちも。今日も一日よろしくお願いします」って。

「私も今日も元気に目覚めさせてもらいました」って後から拝んどくねん。ほんまにご先祖さん、神さんのお陰や。親類中の人にも、村の人にもお世話んなってる。それだけでも毎日拝ませてもらわんともったいない。

中国を経由して日本に伝来する以前、インドで生まれた初期仏教の教えに、この様な考え方がある。

全ての生命は繋がっている。
全ての生命の関係性の中で今の自分も存在している。
全ての生命に支えられ、助けてもらい、今の自分がある。
何ひとつとして他の存在に依存せずに存在することはできない。
だから、他の生命に慈しみの心をもって生きるのだ。

僕には、全世界や全生命のことを考えて生きる器も余裕もまだないけれど、そばにいてくれる家族や村の人たち、僕たち家族に関わってくださる方々、そして豊かな深野の自然との繋がりに支えられ、助けられ、今の僕があるという実感は強くもっている。

だからこそ、深野の自然に感謝し、周りの人たちの幸せを心の底から願っている。深野に帰り、おばあちゃんと一緒に住むようになって、その姿を日々そばで見ていると、当たり前のようにそのような思いをもてるようになった。

大変で苦しいことがあっても、モヤモヤと悩み、頭がグチャグチャの状態で帰り道を運転をしていても、深野に入り、山々に囲まれた壮大な田園風景が視界に入ってくると、その瞬間、この里山の包容力に心が包み込まれ、温まっていくのがわかる。

そして家に着き、みんなの「おかえり」という出迎えの声と共に家族の笑顔が見えると、空っぽになった体に温かくて元気いっぱいのエネルギーが充填されていくのを感じる。

深野で、この豊かな自然あふれる里山で、心も身体も癒され、幸せな日々を送れていることに感謝しよう。
深野の人たちの温かさに支えられ、助けられ、守られている有り難さに感謝しよう。
おばあちゃんのように自分が幸せだと心底信じ、その幸せを与えてくれる全ての存在に心から感謝しながら生きていこう。

僕は深野が大好きだ。

Writer|執筆者

北森 克弥Kitamori Katsuya

宇陀市室生深野生まれ。介護支援専門員・社会福祉士・介護福祉士。大阪で10数年を過ごし、長女の就園を機に帰郷。「自然」「繋がり」「自給自足」をテーマにした居場所づくりや支援の可能性を模索中。

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