春の四十路のおじさんぽ(宇陀編)
写真・文=赤司研介(imato)
3月の納品ラッシュのこの忙しい時期に、僕はインフルエンザにかかった。
完全に熱が下がるまで3日。完全に熱が下がってから2日という待機期間を経ての今日。空は抜けるように青く、窓を開けたら「恐竜時代にでもタイムスリップしたかな?」と一瞬頭をよぎるほどに、霞かかる山々に、鳥たちの鳴き声が響いている。
ホーーーーーーホケキョン!!!
鶯もそりゃ鳴きたくなるよな。なんて気持ちのいい朝だ。そうだ散歩しよう。散歩してそれを記事にしてみよう。どんな記事になるのかなんて、書いてみなけりゃわからない。と、兎にも角にもやってみたのがこの記事であります。
病み上がり四十路おじさんの散歩についての文章を読んで楽しいかどうかわかりませんが、よければ読み進めてみてください。
さてさて服を着替えまして、両の足に靴を履かせてさっそうとドアを開けると、耳に飛び込んでくるのは、向かいのおっちゃんが農作業中ひまなんでかけている大音量ラジオ番組です。
関西に住んで10余年、ラジオなんて、カメラマンの都甲ユウタくんに教えてもらった講談師・神田伯山さんの「問わず語り」しか聞かない(しかもポッドキャスト)僕には、誰がなんだかわかりませんが、関西弁おじさんの軽妙なトークと、「大本山中山寺の交通情報〜」という広告を聞きながら一歩を踏み出し、庭を見回すとそこかしこにやってきてますスプリング。
春の花々にひとつずつ足を停めながら、ゆっくりといつもの川沿い散歩道へ向かいます。仕事柄、家で過ごす時間が多い私は、近くの芳野川沿いの遊歩道を歩くのがお気に入り。誰が言い始めたか、川の宝石カワセミにだって会えちゃいます。あ、そうだ今日は燃えるゴミの日だ。後で持っていこう。
柊、紫陽花、山椒、柿、金木犀、柚子、シュロ、桜、もちろん杉に檜にクヌギにコナラ。
梅の花をヒヨドリがせっせと啄んでる。何を食べてるんだろう。思えば街育ちの僕は、木の名前も鳥の名前も、本当に全然知らなかった。今も詳しいわけじゃないけれど、名前がわかる木が増えたのは、友達が増えたような気分でうれしいものです。
集落に土地を借りている市民農園のおじさんたち、村のおっちゃんおばちゃんたちも、支柱を立てたり土を耕したり、なんやかや始めていらっしゃいます。暖かくなると動き出すのは、生き物全部一緒のようです。
これまでこの道を何往復しだだろう。下北山村や上北山村の川みたいに美しい清流ではないけれど、いつもカモがいたり、サギがいたり、カワセミ、ツバメ、セキレイ、トンビ、あと知らないのといっぱい出会う。毎日何か違ってる。出会う生き物も、植物の様子も、川の流れも、山の色合いも、雲の姿も、光の感じも。だから何度歩いても飽きないし、楽しい。
たまに目を閉じてみる。視覚が途切れて耳や鼻が動き出す。遠くで木を切るチェンソーのエンジン音が聞こえたり、新たな鳥の鳴き声や草花の香りに気付いたり。実は何もないようで、たくさんの出来事で溢れてる。そんなふうに過ごせたら、歩き慣れた道でも、何度だって楽しめる。
一方で、見たくないこともあったりもする。全国的にそうなんだろうけれど、昔の昔は、この川で泳いでいたというから、きっともっと綺麗だったんだろうと思う。今は残念ながらプラごみが滞留してたり、生活排水から薬品が流れてきたりしているから、あんまり綺麗ではない。
ここ数年、田舎に太陽光パネルが山ほどつくられた。あそこもあそこも、あっちもこっちも太陽光パネル。ほとんどは都会の企業が土地を安く借り上げて、設置したものだ。違法とかじゃないし、土地を提供しているのはもちろん地域側。だけど、なんでこうも増えてしまうのかなと考えてみる。
もちろん、社会の構造、会社の方針、いろいろ要因はあるのでしょう。でも根本は、自分の行動・選択、そのひとつひとつの先に何が生まれるのかを想像できていないことが原因なんだと思う。
想像するために必要なことを僕は知ってる。それは、関係するいろいろを知ることだ。
僕はたくさんの人にインタビューをする。下手くそだから、大体2時間から長いと4時間くらい話を聞く。ひたすらに聞く。聞くというのは、その人のことを知るということでもある。その人のことを知ると、大体好きになる。その人が何が好きで、どんなことを大事にしていて、どんなことが嫌だと思うのかがわかると、想像できるようになる。鳥の名前や木の名前を知るのも一緒だ。鳥を知れば、できれば鳥にも幸せでいてほしいし、木にだって幸せでいてほしい。
世の中は便利な方にどんどん進む。コミュニケーションも、オンラインで済むことがたくさんになってきた。でも、ある仕事の原稿を編集していて、歌舞伎役者の坂東玉三郎さんがこんなことをおっしゃっているのを目にしたことがある。
オンラインは情報の交換はできても、魂の交流ができない。
そうだなぁと僕は思う。便利だし、実際助かることもある。だけど僕は、人とはできる限り出会って、顔を見て、言葉を交わしたい。魂を交流しながら関係を紡ぎたい。生き物として、人間として、できる限り、これからも相手を知る努力をしてきたい、と思っている。
ホーーーーーーホケキョン!!!
割とふざけた書き出しで始まったこのお話も、なんだか真面目なトーンになってしまいました。春の宇陀もいいところいっぱいなので、みなさんぜひ遊びにきてください。
Writer|執筆者
合同会社imato代表。編集者/ライター。1981年、熊本県生まれ。神奈川県藤沢市で育ち、2012年に奈良県に移住。宇陀市在住。2児2猫1犬の父。今とつながる編集・執筆に取り組んでいる。