奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

明日香村 2023.3.15 / コラム

明日香村で米農家になって 10 年、節目を迎えて今思うこと。

文=瀬川健(minimal life)

風のように生きて土になる

そんなタイトルで僕のことを記事にしてもらってから、もう 4 年という月日が流れ、明日香村に移住し米農家になってからは、10 年が過ぎた。

当たり前だが、時間の経過と共に変わるものもあれば変わらないものもある。この節目に僕自身が今思うことはなんだろうと考えてみる。

 

なぜ人は生きているのか?

「なぜ人は生きているのか?」という大袈裟で単純な問いは、ふと考えるいつものテーマだ った。答えを見つけたように思えても、いずれ答えではないように思えてきたり、未だ確信はもてていない。

とはいえ今日も畑や田んぼに囲まれ、ここ明日香村で健やかな時間を過ごしている。そのことを思うだけで、感謝の気持ちが溢れて目頭が熱くなる。何でだろう…。

生き方を求め、土地を変え、奈良に舞台を移した 12 年前。家と職を探していた 3 月11 日、あの震災が起きてしまった。今さらドラマチックに語る必要はないかもしれないが、 僕は以前福島に住んでいたから、住んだことがない人に比べたら知っていることも多い。そして親戚や友人たちは今も変わらず暮らしている。

福島に住み始めた当時の僕は 20 歳と⻘く若かった。

自分のことだけがすべてだったし、特に深く悩むこともなく、流行りの洋服関係の仕事をしていた。その後、職を変え、住む土地をいくつか変えたが、奈良に来てから一度も福島には訪れていない。行ける機会がなかったとも言えるが、遠ざけていたのかもしれない。そんな後ろめたい気持ちが今もある。

そのネガティブな気持ちは、「後ろめたくなることを未来に引き継がない」という思いを強くし、今も自分の農業を支えている根っこのようなものだ。難しいことだけど、これからもせめて自分のやることは、そのようにあり続けたい。

 

移住後の学びと気づき

明日香村に来てからのことを思い返してみる。

「生き方」を学びたいと強く願い、新しい生活は始まった。日常の景色が大きく変わり、学 び、働く、学び、働くを繰り返した。その中には喜び、失敗、叱咤、我慢、楽しみ、不安、 悲しみ、感動といった、たくさんの出来事と感情があった。どれも過ぎ去ってしまえば思い出、経験だ。そして経験を積み重ね続けて、気がつけば農家という職業が一番⻑い仕事にな った。

それから、たくさんの新しい人たちと出会い、たくさんの時間を共にしている。住む場所を 変えたのだから当たり前と言えば当たり前だが、特に移住してからの数年は、初めて会う人 ばかりで名前を覚えるのも苦労した。

反対に、自分を知ってもらうことの大事さも強く感じている。

「知らない人」というのは誰だって不安に思うものだ。人は見た目や声、対応、ニュアンスや返し言葉で判断するのだから。村社会と言われている所では、その傾向はより強く現れる。

その土地が職場でもある農家という仕事。加えて新参者という立場は、いい意味でも悪い意味でもよく見られるもので、噂の対象にもなりやすい。まずはどんな人間か知ってもらう、そのスタンスはとても重要だった。

僕がその状況をうまくこなせたのは、それまでの仕事の経験が活きている部分もあるとは思うが、テクニックや計算高いものではなく、目の前の人にちゃんと向き合って話をするという当たり前のことをしたからだと思う。もっと簡単に言えば、シンプルに人が好きだということに尽きる。

おかげで、今では集落の役員としてまとめる側となり、誰もが期待を込めて接してくれているのが伝わってくる。これは、大きく変わったことかもしれない。

 

これからの生き方について

僕がつくる農産物の大体は、直接お客さんに購入してもらっている。卸販売はほぼなく、発送も合わせ直販売がほとんどである。一見、非効率とも思えるが、直接お客さんと話す機会は自分への応援になり、辛い時、幾度となく背中を押してもらった。 

その主たる売り場は、こちらもスタートして 10 年を迎える「明日香ビオマルシェ」だ。毎週金曜日、村営の野菜販売所「あすか夢の楽市」の駐車場を借りて開催している。年々仲間も増え、お客さんも定着し、毎週活気で溢れている。週一で開催し続けていることへの評価はとても高く、視察や相談も増えている。

僕自身の農家としての独立と同時に仲間たちと立ち上げたこのマーケットは、新規就農者が農業で食べていける生活を実現するという、自分の理想に重ね合わせた目標を立てていた。そんな、よく考えれば無謀な目標も、ようやく実現しつつある。継続は力だ。ただただそう思う。

計画はたいてい、予想を超えて失敗を繰り返す。これまで、うまくいった年があったとは言えない。成功の実感はとても薄く、それはいつも後からやってくる。それでも続けていれば、失敗も成功に変わる。諦めないことが僕の取り柄だといい聞かせた。ずっとその繰り返しだ。

時間は有限で人生は一度きり。

この言葉から外れる人はいない。その中で夢中に生きる。夢中の中には、喜怒哀楽がある。本気で目指したら、決して楽しいことばかりではないのだ。そして夢中になっている自分を支えてくれる人やものが必ずある。

感謝ができたら、大事なものが見えてくる。そのために働く。だから熱くなったのか。 

これからも僕はここ明日香でお米を夢中に作り続ける。誰かに引き継ぐその日まで。その為に挑戦を続ける。人は何かのために生きる。

さて、やり残していることがもうひとつ。

変わったこと、変わらないこと。はたまた、変わり過ぎてしまった何かを確認するために、僕は近く東北へ行くことを決めている。お世話になった高齢になる叔母さん、数年前に旅立ってしまった叔父さん。当時、一緒に働いた親友や仲間。

普通の顔で過ごせるだろうか。不安だ。

あの日、独立を誓った宮城県松島。日本三景にも選ばれるあの見事な景色の前で、今の僕は何を誓うだろう。変わった自分と変わらない自分、両方の僕を、みんなに見てもらえたらいいなと思っている。

Writer|執筆者

瀬川 健Segawa Ken

1976年、埼玉県生まれ。2013年、明日香村に居を移し農家として独立。「ミニマルライフ」の屋号で、自然栽培(無農薬無肥料)のお米作りを中心に農業を営む。「明日香ビオマルシェ」副代表。

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