奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

上北山村 2024.2.14 / コラム

静寂の郷で紡ぐ、笑顔を求めた日常の冒険

写真・文=西岡資裕(一般社団法人がんばろらえ!かみきた)

私が暮らしている上北山村は、良くも悪くも、何もない村です。大型スーパーや娯楽施設はもちろんありません。村の人口は500人を切りました。7年前にこの村の情報を見た私「西岡」が思ったのは「ここに住みたい」でした。

移住前に暮らしていたのは、大都会東京。こちらは良くも悪くもモノが溢れ、商業施設や娯楽施設があちこちにあり、情報も人も溢れ返っていました。和歌山県の田園風景の中で生まれ育った私にとっては、この何もかもが溢れ返った生活が苦しくて仕方ありませんでした。

その上「とにかく街が臭い」のです。田んぼの土臭い香りと違い、なんとも言えない人工的な匂いに包まれる経験がなかった私には衝撃的な出来事でした。 

それでも東京に残り続けたのは、役者になりたいという夢を追いかけていたからです。しかし、結婚をし、子どもをもつことを考えるようになったとき、東京で子育てをする自分が私には想像できませんでした。そんなとき「地域おこし協力隊」という制度をテレビで知り、調べていくうちに、過疎地での生活に憧れるようになりました。 

夢を追い続けるか悩んでいたこともあり、本格的に移住を考えます。しかし、妻も役者という夢を追いかけて愛知から上京してきた身であるため、この大都会東京を出て過疎地へ行くという私の考えに賛同してくれるか分かりません。 

※当時を再現しています

冬のある夜。コタツを囲みながら、テレビの音が流れるなか、ミカン片手に妻にジャブを打ってみました「自然の多い所っていいよね~」と。まずは、妻の自然に対する好感度を確かめるべく、探りを入れてみたのです。

虫嫌いな妻にとって、自然は苦手かもという一抹の不安で、否定的な答えが返ってくるかと思いきや「そうだね~」と、可もなく不可もなくな反応。

怖気づいていても仕方ないので、心のまま「そろそろ子どもって考えたら東京ではやっぱりちょっと育てづらいよね~。いや、色々な物も揃ってるし、病院なんかもあるし、それはそれでいいんだけど、やっぱり子育てってなると、大自然の中でのびのび育てたいよね。夏には川に入って、山に登って、星空なんかもきっと綺麗だろうしさ~、そういう体験ってなかなかできないじゃん? 都会は大人になってからでも体験できるけど、子どものうちに日常的に自然に触れ合うって、なかなか都会だとね~……」と、ちょっと喋りすぎているだろうかと思ったものの、無言の空気に耐えられず、ぺらぺらと喋ってしまいました。 

※当時を再現しています

妻は、相変わらず可もなく不可もなく、そうだね〜とか、良いね〜とか、相槌を打ってくれています。喋り終わった私は、ミカンを静かに食む「ね~」ばかりの妻の反応に耐えられず、どうしたものやらと考えていたら「私も、子どもを育てるなら東京はないな~」と、突然のポツリ。そこからおもむろに「病院とかは確かに心配だけど、離島とかじゃなければ、車で行ける距離にはあるだろうし。今ならネットで大体のものはすぐ届くし」 と妻。

※当時を再現しています

まさかの全肯定な返答に、あれよあれよと話ははずみ、よくよく聞けば妻は役者としての自分にすでに見切りをつけていたようで、なんだったら、私の夢追いに付き合ってくれていた様子。そんな私が移住を考えていたなら、渡りに船状態だったそう。 

さればと、早速移住について二人で検索。

移住「他の土地にうつり住むこと」

二人とも、なぜか辞典の解説にたどり着き、いやいや移住の意味は知ってるよ、とかなんとかツッコミつつ、テンションを上げて協力隊ページなどで、住みたい地域や自治体の情報を集めながら絞り込んでいきました。

二人の実家の中心辺りで、妻が奈良の歴史好きなこともあり奈良県で探したところ、上北山村が浮上。そして今では、この村の住人として生活しています。 

移住後は、役者時代の経験が思いのほか役に立ち、映像制作やチラシ作り、イベント企画などにも参加させてもらう機会が多くあります。 昔から突飛なことを考えるのが好きだった自分にとって、アイデアを形にすることがイベントや何かの役に立つというのは、とても嬉しいことでした。 

この村では、地域を盛り上げたいという有志の人たちが集まってつくった“がんばろらえかみきた”という団体があり、そのメンバーの方々がいつも私のアイデアを後押ししてくれ、なぞなぞやクイズのような問題を解く“謎解きゲーム”をつくることもできました。 

がんばろらえかみきたのメンバーたちと

地域を歩いて巡るスタンプラリーイベントでは、謎解きゲームをチェックポイントに散りばめ、参加者の方に時折立ち止まってじっくり正解を考えてもらいながら、景色を楽しんでもらうツールとして使用しました。

また、謎解きをメインにして、日本文化遺産(吉野)をテーマに8町村の子どもたちに呼びかけ、普段交流しない子どもたちが謎解きをきっかけに協力し合って、地域を巡るというイベントも企画することができました。

そんなふうに、自分が楽しいと思えるものが、この村ではどんどん形になっていきました。今では、学童クラブが開設され、学童指導員として働けることになったり、イベントで読み聞かせを行ったり。地域おこし協力隊として移住した私は、協力隊を卒業した後も、ずっと協力してもらってばかりです。

そんな素敵な人たちに支えてもらいながら、今では憧れの大自然の中で、川遊び、星空、山登りを、東京で妻と話していた通りに我が子と一緒に楽しんでいます。 色々なものがない上北山村ですが、都会にはない大自然ミュージアム「上北山村」で、私は今、暮らしています。 

因みに、ここまでに登場した「」(かぎかっこ)の左外側の一文字を全部つなげると、

私は上北山村に住む

と読めるようになっています。他愛のない遊びですが、楽しいことを考えつつ、これからも上北山村を楽しんでいければと思っています。 

Writer|執筆者

西岡 資裕Nishioka Motohiro

一般社団法人がんばろらえ!かみきた代表。東京で舞台役者として活動したのち、2016年に地域おこし協力隊として上北山村に移住。学童指導員として働きつつ、イベント企画や動画制作なども行っている。

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