奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

吉野町 2023.1.5 / コラム

自然豊かな奥大和で育む、「じわじわな、暮らし」

文=松本梓(チアフル株式会社

山を眺めることができる奥大和の古民家に引っ越してきて2年になります。

「もっと自然に囲まれていたい」「窓から緑が見えるといいな」「陽の光を浴びて目覚めたい」といった、心の底から湧き上がる想いが移住のきっかけでした。

吉野町にある今の住まいは、日当たりの良い庭がある木造家屋。昭和の暮らしの面影を残す、なつかしい雰囲気の古民家です。

縁側とサンルームがついていて、小さな畑もあります。最新の住宅設備はないし、車がなければアクセスしずらいしと不便な部分もありますが、日々自然を感じられる環境はとても心地のよいものです。

鳥や虫の気配が身近にあり、植物は芽吹いて成長し、花を咲かせて実をつけます。土や風が帯びる湿度も日差しの強弱も刻々と変化し、いつからか、季節の移ろいが体調の揺らぎや感情の起伏に影響していることにも気がつくようになりました。

自然が循環するサイクルの中に自分も含まれていることを実感し、あらゆるものが支え合いながら成り立っている生態系の存在を意識できる瞬間に溢れています。

さまざまな人と関わり生み出す「お風呂のハーブ」をつくる

そんな環境に身を置きつつ、私は奈良県産の薬草・ハーブのセルフケアブランド「jiwajiwa(じわじわ)」を手がけています。勤めていた大手メーカーを辞めて独立し、ブランドを立ち上げてからもう6年。その名のとおり、じわじわ暮らしに染み入ることを意識して、じわじわと育ててきました。

「jiwajiwa」の定番品は、100%自然素材の入浴料「お風呂のハーブ」。吉野ひのき、東吉野村のよもぎ、高取町の大和当帰(やまととうき)など、奥大和エリアの生産者さんから特別に分けてもらった薬草・ハーブを巾着に詰めたシンプルなアイテムです。

原材料は、ひのき以外は食用として栽培されたもので、自然そのままの香りや湯色を楽しんでもらいたいと考えてつくりました。

現在は、県内の福祉施設4か所と連携しながら、障がい者や高齢者のみなさんと共にものづくりをし、子育て中の女性に、在宅ワークで生産管理や情報発信に関わってもらうなど、使い手だけでなく、作り手・地域・未来にもよい持続可能な事業の在り方を模索しています。

きっかけは、都市と地域の往来で得た体感

会社を立ち上げる以前の私は、満員電車に乗って高層ビルのオフィスに出社し、デスクの前に座り、パソコンとにらめっこをしながら数々の業務をこなす……そんな日々を過ごしていました。

都市は、より便利に過ごせるように発展し続け、私たちはそのさまざまな恩恵を受けて快適な生活を送っています。一方で、便利さの追求は無駄な余白を削ぎ落とし、「スピード=効率性」を追い求めることでもあります。今の社会ではあらゆるサイクルのスピードが重視された結果、ほっと一息つける「余白の時間」を確保することが難しくなりました。

そして、その「余白」がなくなった私もあらゆる物事に対して、自分がどう感じていてどうしたいのか、自己対話をするゆとりがなくなり、外部環境からのプレッシャーや負荷に気づかず、心やからだの不調に悩まされるようになりました。

私たちのブランドが掲げる四角いマークは、大切にしたい「余白」を表現している。

その不調をなんとか整えようと、食事や運動など習慣を見直すことにしました。さまざまな本を読んだり専門家の意見を聞いたりするなかで、からだを温めることは健康の基本であり、湯舟に浸かる入浴が効果的だということも知りました。

そんなとき、奈良市内のマルシェでたまたま出会ったのが、奥大和で栽培された大和当帰を使った入浴剤だったのです。

大和当帰はセリ科の多年草で、根が漢方薬になる薬草。少しクセのある強い香りが特徴。

持ち帰って早速使ってみると、からだがポカポカ温まって湯冷めせず、ほのかな香りが心を解き放ってくれるような気がしました。

地元・奈良で栽培された希少な薬草は、都市に溢れる大量生産の商品やサービスと対極にある、小さな地域の魅力に感じられました。長期保存できるようたくさんの添加物を加えた都市的な工業製品とは違った、シンプルな原材料から作られた地域の手づくり品が、不調なわたしの心身を癒してくれたのです。市販の入浴剤とは違う、素朴な良さをじんわりと体感した瞬間でした。

多様な生態系のように、インクルーシブな居場所をつくりたい

奥大和には「余白」があると感じています。ここで言う余白とは、他から与えれたものやことに埋め尽くされていないために、自分自身で考えたり創り出したりする余地のある時間や空間のこと。

吉野の山からの眺め。自然の中では、自身の感受性に敏感になる。

わたしはこの奥大和で、畑に種を蒔いて野菜を育てたり、山から切り出した丸太を使って道具や家具を作ったり、ゼロから価値を生み出すたくましい人たちに、しばしば出会ってきました。

自分自身のものさしで考え、動き、ビルドアップしていくという行為。それは、人が生きるうえで大切にすべき本質的なことだと感じています。

一方、都市では、効率とスピードを追い求めるために規定や規格を定めることがよくあります。ただ、その枠の中で上手に動けない人たちが排除されてしまうようなことも目にしてきました。役職定年した上司がやる気を失っていたり、出産して復職した女性の先輩が本人が望まないような簡単な業務を担当させられていたり、障がい者は法定雇用の枠内でわずかな人数が働いているだけだったり。

それぞれの個性や特徴を活かして、やりがいや生きがいをもって働ける居場所があると、みんなもわたし自身も、もっと心地よく生きていけるのではないか。段々と、そう考えるようになりました。

例えば、お世話になっている「ポニーの里ファーム」さんは障がい者と共に働く「農福連携」に取り組んでいます。

そんな思いからつくったのが、「jiwajiwa」です。

大きな仕組みの中で働きづらい人たちとみんなでものづくりをし、支え合い、共に歩んでいく「jiwajiwa」を、人々の多様性を包み込むインクルーシブな場にしていきたい。そして、その輪の中に、わたし自身も身を置きたい。そんなみんなの居場所は、余白のある奥大和の地だからこそ築いていけるのではないかと感じています。

 

 やさしい「じわじわな、輪」をつないで広げる

「jiwajiwa」の歩みは早く進まないかもしれません。効率的ではないかもしれません。 たくさんつくって、たくさん売ることはできません。

でも、仕組みを大きくし、効率と成長を最優先した商品やサービスは、どれだけの消費者や生産者を幸せにしているでしょうか。そのビジネスに関わる人たちも、決められたルールの中で自ら考えることなく動いているだけという人も多いのではないでしょうか。

どんなライフステージでも、どんな個性があっても、認め合い、支え合う、そんなやさしさの輪がじわじわとつながり広がっていくことを願って、わたしたちは日々活動を続けています。

ゆっくりと、でも着実に、良い品物やサービスを作ったり使ったりしていく価値観を「じわじわな、暮らし」と名づけました。

現時点で、この価値観を爆発的に広めるための、何か革命的なアイデアがあるわけではありません。「そんな考えは理想主義的だ」と言われるかもしれません。けれども、これからの社会には、使い手にとっていいことはもちろん、作い手や地域、未来にもいい品物やサービスが増えることが本当の幸せにつながるはずだと、わたしたちは思うのです。

これまで、たった6年だけれど、「jiwajiwa」を通じて、障がい者・高齢者・子育て中の女性たちと共につなげてきたやさしさの輪を広げる取り組みを、これからも続けていきます。思い描くような未来が早くやってくればいいなとつい急いでしまいそうになるのですが、焦らず、じわじわと歩んでいくのです。

Writer|執筆者

松本 梓Matsumoto Azusa

奈良市出身。チアフル株式会社代表取締役。自然素材100%入浴料「お風呂のハーブ」のオリジナルブランド「jiwajiwa(じわじわ)」を展開中。奈良市へのUターンを経て、吉野町にある古民家で暮らしている。

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