奥大和ライフジャーナルOkuyamato Life Journal

吉野町 2023.12.7 / インタビュー

“好き”も“苦手”もすべてを遊ぶ。ここだけの小さな宇宙で、自分の真ん中に触れるためのストレッチを。

文=大窪宏美(cafe equbo*)

どこか懐かしい景色が続く川沿いの県道。そこに並ぶ古民家のひとつに取り付けられた、赤くてまぁるい看板の中、スツールにちょこんと腰かけた猫がコーヒーカップを片手に寛いでいます。

店主の愛猫マロとサン(裏面)がモデル。文字通りの看板猫。

ここは吉野町国栖地区にある「アソビバ うちゅうねこ」。

窓ガラスには夏限定のかき氷のメニューが貼られ、その下には自然な曲線が美しい桑の木のカウンターが取り付けられています。中を覗くと、どっしりと存在感のある手回しのかき氷機の横で、「こんにちは」と店主のナツマヤさんの笑顔が迎えてくれました。

「うちゅうねこ」は、イラストレーターでデザイナーのナツマヤさんの拠点として2021年の春にスタートしました。その名の通り、ここは宇宙と猫が大好きなナツさんの遊び場。ご自身の作品のほか、日頃から愛用しているお気に入りのものたちが並ぶショップと、ギャラリー、ワークショップスペース、夏には手作りのシロップでいただくかき氷のお店としてもオープンするなど、ナツさん本人が興味のあるものやワクワクするものがぎゅっと詰まった空間になっています。

2023年夏にリニューアルオープンした店内

私が初めてこの場所を訪れたのは、2018年の夏のことでした。「はならぁと」というアートイベントの会場のひとつであった国栖エリアで、会期中に出張カフェをしないかと町の方からお誘いをいただき、その出店場所に指定されていたのが、当時は空き家となっていた現「うちゅうねこ」の離れにあたる古民家だったのです。

吉野川と高見川の合流地点からすぐ、アリゾナの「ホースシュー・ベント」のように馬蹄型の曲線を描いた流れを見下ろす美しい場所。

現在「うちゅうねこ」の離れとなっている小さな建物は、県道に面した入口から裏側に広がる原っぱの景色までがぽっかりと開けていて、美しい景色を切り取る額縁のようにも見える、当時からちょっと不思議な空間でした。

2018年のはならぁと開催中の様子。

屋外のような風通しのよさがありながら、きっちりと瓦を葺かれた二重の屋根や土壁といった丁寧な造りが「家」と呼ぶには開かれすぎていて、「小屋」というには立派すぎる印象。様々な境界を曖昧にしたような佇まいが魅力的で、私はその場所がすっかり好きになったのでした。

ナツさんも最初、このちょっと不思議な離れに惹かれ、道を挟んで対となる二つの建物を借りることに決めたそうです。開店当初の母屋は民家らしい生活の空気が残る店内でしたが、今夏のリニューアルオープンの際には、パートナーで木工作家の渡邉崇さんと地元の職人さんの手を借りて、より展示物が映えるギャラリーらしいすっきりとした空間に生まれ変わりました。

件の離れは開放的な雰囲気をそのままに、母屋とはまた違った魅力を味わえるギャラリーと、風を感じる飲食スペースになっています。

開放的な離れのギャラリー
不定期に開催される展示では、ナツさん自身が大好きな作品たちが並ぶ

地元神奈川から、東京、沖縄での暮らしを経て吉野町へ移住してこられたナツさん。東京にお住いの頃は、満員電車に揺られて勤め先のデザイン事務所に通い、終電ギリギリまで仕事に打ち込む、ごく都会らしい生活を送っていました。

それが、あるときふと、このままずっとこのキャリアを積み上げてデザインの技術が上達していったとしても、「自分はその先にどんな未来を期待しているのか?」と考え始めたそうです。その中で、今とは違う環境に身を置き、もっと心に寄り添って暮らしていきたいと思い立ち、沖縄への移住を決めました。

沖縄で暮らしていた頃のナツさん。久高島の知人宅にて。
原付で出かけた沖縄一周の旅。この旅の最後にうちゅうねこのモデルであるマロと出会った。

明るく開放的な南の島で、後のご主人や二匹の愛猫マロとサンにも出会い、友人が営むカフェで働きながら4年の時を過ごします。その後再び神奈川に戻り、新しい家族と共に飲食店を切り盛りしながらフリーのデザイナーとして活動していましたが、充実した日々の最中、ご主人が他界されるというとても辛い出来事が起きてしまいます。

何事にも光と影、陽と陰があるように、人も土地も両方の性質を持っていて、個々にそのバランスが違っていたり、時によってそのどちらかに著しく傾くこともあると思います。当時、沈み込んだ心を抱え、開かれた場所でたくさんの人と関わり過ごすことが苦しくなってしまったナツさん。その苦しい心を打ち明けることができたかけがえのない存在が、親友であり物語作家の「わたなべなおか」さんでした。

ナツさんとわたなべさん。大淀町で期間限定オープンした絵本とかき氷のお店「ありがた屋」の前で。

お二人の出会いはナツさんの地元である神奈川。最初はわたなべさんが営むカフェにナツさんがお客として訪れたそうですが、わたなべさんがお店をたたみ、地元である大阪へ戻ってからも、時折連絡を取り合うなどゆるやかにご縁が続いていたそうです。そして、2014年にわたなべさんが初めて出版された絵本『ぼくはうま』の絵をナツさんが描いたことをきっかけに、二人の親交はぐっと深まっていきました。


大切な人との別れという受け入れがたい現実に直面し、「ここではないどこかに行ってしまいたい」という一心だったナツさんは、吉野へと住まいを移していたわたなべさんを頼りに、移住を決めたそうです。

「『再生の地』とも言われる吉野の、高い山に囲まれた静かで落ち着いた雰囲気に、なんだか救われた」と話す、ナツさん。修験道の聖地として知られる吉野・大峯の山々の圧倒的な自然を身近に感じる環境は、その中に暮らす小さな私たちの存在をすっかり受け止めて、時に包み込んでくれるようにも感じます。

それは自分の心の持ちようであって、自然はただ「いつも通りに、そこに在る」という事実も、変わらないものの方が少ない私たちの暮らしの中ではとても特別なこと。明るく開放的で、陽の光が惜しみなく注がれる沖縄の鮮やかな景色や、ご主人との思い出に彩られた神奈川の町の空気とはまた違った、この土地に根付く粛然とした「陰」の力が、当時のナツさんに寄り添ってくれたのかもしれません。

そして新たな土地に身を置いたナツさんに、あるときわたなべさんがひとつの提案をしました。

かき氷屋でもやろうか?

それは突然のことでしたが、出口の見えない暗闇の中にいたナツさんにとって、かすかな光が差し込むようなお誘いでした。

よしもとばななさんの小説で、『海のふた』っていう作品があるんだけど、私その世界観がすごく好きなんです。それが、海辺の町に帰ってきた女性と、大切な人を亡くして傷ついた女性、二人がひと夏一緒にかき氷屋さんをするっていうストーリーで。でも、なおかちゃんは私がその物語を好きだっていうことも知らなくて。なんでかき氷って出てきたのかわからないんだけど、多分、思い付きだったと思う。かき氷って、なんだか元気が出そう! 私を元気にさせたいって。二人で一緒になにか…と思った時に、それがたまたまかき氷だったのかな。

2023年夏のかき氷メニュー

そんな偶然から始まった、二人のかき氷屋さん。最初の年は元々飲食店だったわたなべさんの叔母さんのおうちを借り、2021年には場所を「うちゅうねこ」に移して、「ありがた屋」という屋号でオープンしました。その後二人が「ありがた屋」を閉じてからは「うちゅうねこ」の季節限定メニューとして、大切に育てられています。

そんな「うちゅうねこ」のかき氷。2023年夏のメニューは、「沖縄ぜんざい氷」「ブルーベリー氷」「吉野番茶氷」の3種類がありました。私はその中から、明日香村の農園に毎年自ら収穫に行くというブルーベリーシロップを選び、豆乳を煮詰めて作られた自家製練乳もトッピングしてもらうことにしました。

ハンドルを回すと大きな氷は回転し、ゴロゴロシャリシャリと心地よい音を奏でながら薄くそぎ取られていきます。やわらかな花形の器にこんもりと積もった氷は見るからに軽く、ふんわりしっとりとしていて、口に入れる前から心が躍りました。

飲食スペースは母屋の奥のお座敷と、道を挟んだ離れ。「クーラーの効いた涼しい部屋じゃなくって、夏の暑さの中で冷たい氷が身体に沁み込んでいく感覚も楽しんでほしい」というナツさんの言葉になるほどと思い、せっかくなのでこの場所と今日の空気をめいっぱい感じられそうな、離れの開放的な板間でいただくことにしました。

夏土用の最中のこの日は、まさにかき氷日和。汗ばむ肌に時折抜ける自然の風を感じながら、一口ひとくちを味わいます。甘酸っぱいブルーベリーのごろごろとした果実感と、薄く削られた氷が口の中ではかなく溶けて、のどを通っていくひんやりとした感触。「あ、かき氷って元気になるな」と身体で感じることができました。

元は近隣の人が世代を超えて通った塾だったというこの建物。人口減少が進む地域でこういった古民家がお店になると「空き家の活用」「地域の活性化」といった言葉がよく使われますが、ナツさんは「うちゅうねこは自分が遊ぶための場所」と言い切ります。

離れの裏の広々とした原っぱでは、ヨガやマルシェ、音楽イベントが開催されることも。

誰かのため、何かのために頑張ることは素敵だし、そういうパワーを持った人に憧れることはあるけれど、もっと皆が「自分のため」を大切にしてもいいと思う。一人ひとりが自分とじっくり向き合って、自分にとって何が心地よくてどんなことが苦手なのかを素直に感じていく。その上で、他人と関わったり、得意なこととそうじゃないことをストレッチのように繰り返して、伸びたり縮んだりしながらより自分らしく生きる道と出会っていきたい。

沖縄に行ったばかりの頃は、内側が大切だっていう思いが強くて、身体は入れ物でしかないと思ってた。でも今は、ただ生きてるこの身体も神秘だし、宇宙だなって思うし、もっとこの宇宙の中で、心も身体も木も空も、別々じゃなくちゃんと繋がりたい。今までおろそかにしていた部分も含めて、その全部を使って、もっともっと遊びたい。

ナツさんの言葉は、ありのままに生きたいという願いが、まっすぐこぼれ落ちたような言葉でした。

伺ったお話の中に登場した『海のふた』という物語。後日読んだその小説の中に、こんな一文がありました。

私のできることは、私の小さな花壇をよく世話して花で満たしておくことができるという程度のことだ。私の思想で世界を変えることなんかじゃない。ただ生まれて死んでいくまでの間を、気持ちよく、おてんとうさまに恥ずかしくなく、石の裏にも、木の陰にも宿っている精霊たちの言葉を聞くことができるような自分でいること。この世が作った美しいものを、まっすぐな目で見つめたまま、目をそらすようなことに手を染めず、死ぬことができるように暮らすだけのこと。

太陽は私たちを照らすために輝いている訳ではないし、花も人に愛でられたくて咲くのではありません。自然界はそれぞれの目的のために営みを繰り返し、その過程で思いがけず、助け合ったり他者を喜ばせたりすることがある。

厳しい環境の中、生き残りを懸けて繰り返されるそれらの営みと同じとは言えませんが、私たちも暮らしの中で、一人ひとりが自分自身の楽しみや喜びを追及し、そのことで生まれる光が、知らず知らずのうちに誰かを照らすようなことができたなら。それは最も素直で飾らない、とても健やかな循環の出発点かもしれません。

私もこの手の届く範囲のことにきちんと向き合って、自分自身のささやかな宇宙をできる限り手入れして暮らしていきたいと、改めて感じたのでした。

Writer|執筆者

大窪 宏美Okubo Hiromi

宇陀市大宇陀生まれ。花と料理が好きな母に影響を受けながら、自然に囲まれて育つ。2014年の初夏、姉と共に営むお店「cafe equbo*」をオープン。数々の出会いに恵まれて今に至る。

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